病室から(その三十)『桜桃の味』

八月三十日(日)曇り時々小雨
 朝の帰宅途中、投票所に寄った。今年はいつもの第二小学校ではなく、一丁ほど南にあるアパート群の中の集会所が会場であった。小学校は改築工事中とか。今回はおそらく民主党の圧勝だろうが、こちらはその流れに乗ることなく、小選挙区も比例区もともに流れの外に置かれた小政党を選んだ。もちろん宗教がらみの政党ではない。それにしても相変わらず騒がしいだけの選挙戦、病院があることなどお構いなしに街宣車がガナリ立てていった。右翼の軍艦マーチとどこが違う?

 ひと月も病院で暮らせば、少しはそこで働く人たちの苦労が見えてくる。看護師さんになるための養成機関でどういうことが教えられるのか、もちろん分らないが、みなそれなりの夢と希望そして覚悟をもって巣立ってきたのだろうな、などと考える。百花繚乱、それこそいろんな個性があってしかるべき。

 この三階で働く看護師さんが何人で、どういうノルマが課され、どういうシフトが敷かれているのか。こちらはそういう観察力も興味もなく、ただ無責任に見ているだけだが、でもいろんなタイプの看護師がいる。はるか先の病室から患者さんを時にからかい時に諫めながら、小鳥のような明るい声で近づいてくる看護師がいる。ぬかりなく仕事をするのかどうかは分からぬが、でもそういう看護師さんがいると病室が明るくなる、ということは病人に元気を与える。
 
 かと思うと、静かに、優しく、しかも着実に仕事をする看護師もいる。この人たちはたとえば婦長のような統率力・率先力はないかも知れないが、看護師のいちばん大事な素質を備えているように思われる。もちろん婦長さんすべてが少々強引で押しが強いタイプというわけではないが、おおむねそういったタイプ、つまり先日登場願った、バレーチームではセッターといった性格の人が多いようだ。組織の中では必要な役割ではあるが、こういう人はごくごく少数で、いや婦長の責任が解かれたら、またあの小鳥さんや優しい看護師さんに戻ってもらえれば言うことなし。

 夜、1997年のイラン映画『桜桃の味』を観た。車に乗った一人の男が自殺幇助者(正確には自殺の後自分の死体に土をかけて呉れる人)を求めて歩くという奇妙な筋の映画である。見る限り砂、砂、砂の街中や郊外の工事現場が画面いっぱいに広がり、その中で生きるクルド人労働者やアフガニスタンから来た神学生、トルコ人などいずれも乾ききった風土の中に生きてきた人たちが登場する。いずれも戦争の最中か、戦禍を辛うじて免れている国、なのにあえて死を求める人間を対比させると、実は生が死よりはるかに力強くしたたかなものに見えてくる。
 
 ただし映画の出来具合となると、特にその結末部分が私には大いに疑問を感じる。つまりその男が嵐の夜、計画どおりに自分の掘った穴に薬を飲んで入るのだが、翌朝の場面で、すべてがこの映画の撮影現場であったというどんでん返しにもならぬ唐突な終わり方をしている。映画も現実もすべては要するに神の見る夢、という寓意が込められているのかどうか、そこのところがどうも分かりかねる。惜しい。

 それこそ蛇足だが、この病室生活の記念(?)にもと、途中から鬚を剃らないできたのだが、どうも見映えがよくない。もともとゴマ塩髯になることは分かってはいたが、割合が、つまり黒と白のバランス、が良くない。これなら真っ白の方がよほどいい。ということは今はきれいさっぱり剃った方がいいということ。ちょうど明日古希を迎える。それこそ記念にさっぱりしよう。

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佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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