お尻ペンペン

 先ずは短いご挨拶
今日までおよそ一年ほど老々介護の生活を続けてきましたが、このたび急転直下、仙台に行っていた息子の一家と近々ふたたび三世代同居の生活に戻ることになりました。嫁の頴美の病気治療・療養という思いがけない理由のためですが、しかし家族全員、この試練に勇敢に立ち向かう覚悟を固めました。むしろこの試練を乗り越えることによって、あの大草原の小さな家族のように、どんな嵐にも耐えられるだけでなく、ひいては可能な限り他の人たちにも自分たちの幸福を分かち与えられるまでになりたいと強く願っております。どうぞ今後ともこの貧しき家族をよろしくお願いいたします。

 と柄にもなく真面目な話のあとになんですが、どうもこのところおかしなことばかり続きますなあ。そんなことにいちいち反応していたら、こっちの身が持ちませんが、とりあえず今回はそのうちの二つほど取り上げてみます。

「現職首相で初、安倍首相が米空母に乗艦へ」
 こんな見出しのあと、安倍晋三首相が18日、米海軍横須賀基地に配備された原子力空母ロナルド・レーガンに得意そうに乗艦している写真が出ていた。どこまで悪ふざけをするんだろ、この晋ちゃんは。これまでの首相たちがアメリカの軍艦や戦闘機に乗らなかったのは、乗りたくても乗れなかったんとちがいまっせ。平和憲法を掲げる国の首相としての矜持と誇りが(そこまでの自覚があったかどうかはともかく)自粛させたはずである。ところがこの晋ちゃん、先のアメリカ議会での演説の時と同じく、憧れの米艦に乗って得意満面。一昔前なら、恥も外聞も無いこんな首相の姿は風刺漫画の格好の標的となり、大新聞の紙面にポンチ絵が踊っていたのに、最近の新聞はどうだろう、たーだ客観的中立的に報じるだけ。もし私がポンチ絵を描くとしたら、膝に抱いたシンちゃんの裸のお尻を平手で叩いてるの図にしますがね。よその子のおもちゃの軍艦が欲しいと駄々をこねる坊やを母親が折檻するの図です。

 もう一つはその前日のこんな見出し。「北海道教委:職員室に【反安倍】ファイル、全公立校を調査 配布の高教組反発「威圧的」 (毎日新聞 2015年10月17日)
「アベ政治を許さない」と書かれたクリアファイルが北海道立高校の職員室の机に置かれていたのをきっかけに、道教育委員会が道内の全公立小中高の教職員を対象に、配布を目撃したかを尋ねる調査をしたらしい。何これ、冗談だろ?
世の中、どんどんいつか来た道に戻ってるよ!どうだろう、この見事なまでの自主規制。

 今話題のマンション傾斜騒ぎではないが、国全体が大きく右に傾いているんだから、少しぐらい左に傾かせる動きがあって当然。県教委指導のこんな自主規制が嵩じていくと、そのうちこのモノディアロゴスの貞房氏など危険分子としてしょっ引かれるまでになりますぞ。あゝおそろし、おそろし。でも負けてなんぞいません。かと言ってご老体ですから過激なことはできません。しかし安倍晋三を総理の椅子から引き摺り下ろすまで、あらゆる機会を捉まえて執念深く、こんな政治は許すまじ、と叫び続けまっせ。慣れない関西弁じゃ迫力出ません。ここは一つ相馬弁で。「分かんねぞー、こったら政治!(私自身は小五のときからの相馬弁でよくは分かりませんが、しかしワカンネッがいちばんきつい非難の言葉だと思います)

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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