ママのお泊り

前から何度も誘いのあった姉の家に、明日妻を一晩泊りで送り出すことにした。普通電車で一時間ちょっとのところだからふつうなら心配することではないのだが、彼女にとっては大冒険なのだ。昔から切符一枚買うのに大騒ぎだった人だが、ヘルペスで高熱を出したあと、めっきり記憶力が減退して、今では健忘症なんてものではないのかも知れない。でも医者とか薬に頼らず、このまま、だましだまし残りの人生、楽しく夢のように生きていこうという二人の決意は固い。物忘れがひどくてもどーってことはない。
 彼女、今晩も夕食後、持っていく小さなバッグに何を入れていこうか楽しそうに迷いに迷っている。私はといえば、可愛い子には旅をさせよとつぶやきながら、バッグの取っ手にしっかりケータイを結び付けてやることぐらいしかできない。
 電車の終着駅が姉の住む町だから心配はないが、念のため改札口ではなくプラットホームまで出迎えてもらうことにした。いつもはケータイなど馬鹿にしているのだが、こういうときはそれこそ命綱である。(2004/1/25)

I駅のプラットホームまで迎えに出てくれた姉のおかげで、無事姉の家に着くことができた。終点近くなったらケータイを入れるから、呼び出しが鳴ったら出るのだよ、とさんざん念を押し、呼び出しの音も周りに迷惑がかからないように小さく設定して渡したのに、何度かけても出てくれない。後から分かったのだが、聞こえなかったそうだ。そんなこともあるから、終点近くなったらケータイに手を当てているように(振動するように設定した)何度も言ったのに、すっかり忘れていたらしい。
 ともかく姉に優しくされていることがよほど嬉しいのか、家に着いてからも、楽しくしていると何度もケータイをかけてよこす。姉夫婦にあきれられたら困るなと思いつつも、いっしょについていってやれなかったのだから、まっいいかと思い直している。
 肢体不自由児のクッキーがいるので、我が家ではこれしか方法がないのだ。そのクッキーだが、いつも優しく面倒を見てくれるお母ちゃんがいないからか、朝のご飯が夜になってもまだ半分残っている。(2004/1/26 追記)

佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。6年間の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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