鏡台

ふと気がつけば、結婚以来使っていた鏡台を八王子に捨ててきたので、二年ばかりのあいだ妻には鏡台がなかったことになる。本人はべつだん不便そうでもなく、二階廊下の壁に下げた鏡や、洗面所の鏡を使っている。ところが、下の仏間にバッパさんが使ったものらしい鏡台が、未整理の段ボールやがらくたの真中に二年近く放置されたままだったのである。バッパさんが使っていたといっても、もちろん昔のものではなく、現代風の(?)普通のつくりで、まだ充分使える。
 それで思い立って、埃を払って下から二階寝室に運んだ。ついでに、雑然としていた小物類を二人で整理した。思えば一昨年、昨年と新たな収納場所を作ったり荷物の整理やらで汗を流したものだが、いつからかまったく整理をしなくなった。それと同時に、私自身、身の回り、たとえばズボンなど、寒くなり始めにはいたコール天(今風にはコーデュロイと言うのだろうか)を、気がついたら数日前まではいていた。妻など、白髪染めのやり方を忘れたらしく、液をつけてから洗髪のはずを、洗髪してから液をつけて、どうも変だなどと言っている。これこそ老化の兆。だから二人で声をかけあって頑張らなくてはならないようだ。だから外出のときなども、たとえ郵便局に切手を買いに行くときでも、例外なく妻を同伴することにした。他人からは、なんと仲睦ましい夫婦だことと見えるかも知れないが、本当のことを言えば、絶えず刺激を得ることで、物忘れなどの度合いをできるだけ抑えるためなのである。
 うっつぁしいと思えばうっつぁしいが、これからの日々、文字通りの二人三脚と覚悟してしまえば、どうってこたねえ、である。
 ところで、今日もとうとう人質は解放されなかった。新たに二人の日本人が拉致されたらしい。どうなってるんだろう。人質だけじゃなく、包囲されたファルージャの町の子供たちのことを考えると胸が痛くなる。
 夜の九時過ぎ、たまたま見ていた衛星放送で、三人の人質が無事解放されたことを知った。日本政府は、裏で密かにではなく、公的な場で今回イラクの聖職者協会の尽力に対する謝意を表明すべきだ。品位ある(decent)国になる絶好の機会なのだが、おそらくそのようなことはしないだろうな。

佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。6年間の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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