風情のある木ーさん

六号線を浪江町から双葉町に入ろうというあたりに、何とはなし風情のある大きな木が立っている。妻はその側を通るときにはいつも「あっキーさんだ!」と叫ぶ。時には「キーさん今日は!」などと挨拶する。何という名かは知らないが、左右対称に大きく枝を広げたその木は、夏には深々とした木陰をつくり、初冬から春にかけては葉を思い切りよく脱ぎ捨て、きりりと引き締まった輪郭を見せる。今は柔らかそうな若い小さな葉を嬉しそうに茂らせ始めた。
 動物でも植物でも、優れものはいるんだなーとつくづく思う。人間でも小さいときから健気で素直で前向きで、しかも肉体的にも美形で…みんなから賛嘆と好意を一身に集める人がいる。私は男だから、そう思える人は大抵女性だ。クラスに一人は、楚々として性格がよく、意地悪などぜったいにしない女の子がいたものだ。もちろんそんな子でも人知れぬ悩みごとがあったり、隠れたところで嫌な根性していたのかも知れないが。確かギリシャの思想家(誰だった?岩波文庫で持ってるぞ)が性格論を展開して以来、性格は人間論の中で一つのテーマであったはずだが、近代心理学の発展のせいかどうかは知らないが、なぜか真面目に取り上げられなくなったような気がする。性格や世代は、本当は肉体や時代に大きく影響を受けているはずのものだが、学問的に問題にされなくなったその引き換えにか、今や血液型や星座などを使った怪しげな占いがブームとか。
 話は変な方に逸れてしまったが、ともかく大熊への行き帰りにいつも出会うその木は、本当に品格と威厳を兼ね備えた見事な木なのだ。いつか車を止めて写真でも撮ろうかな、と思いつつ、なぜかそれさえ失礼かもと思わせるほど上品な木なのである。
 ところで肝心のウメさんだが、今日は午前中、歯の治療で麻酔を打たれたせいか、見舞いの間中、穏やかな寝息を立てて一回も目を覚まさなかった。看護婦さんの話だと、朝方は声をかけるとうなずいていたらしい。ともあれ、今のところどこも痛いところがないらしく、それだけは本当にありがたいことだ。

佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。6年間の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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