三方六

昨日、いつも買い物をするYBスーパーで珍しい北海道のお菓子を購入した。「三方六(さんぽうろく)」という長方形のバームクーヘン状のお菓子である。説明文にはこう書かれている。「北海道開拓時代、開墾のための伐採が各地で行われて、まっすぐな木は建築のために、その他は薪に割り、厳しい冬の燃料としました。木口のサイズ三方、それぞれ六寸(約一八センチ)であったため、「三方六」と呼ばれ、三方六の薪があかあかと燃える裸火の炉を囲んで団らんをし、疲れを癒したのです」。
 第二十七回世界菓子コンクール「モンドセレクション」で、最高金賞を受賞した銘菓らしいが(製造元は帯広の柳月)、なるほど程よい甘さの美味しいお菓子である。1センチ半幅ですでに切り分けられているのがいい。生まれ故郷の帯広がお菓子業界ではちょっと有名らしいとは聞いていたが、いつのころからそうなったのだろう。というのは、『モノディアロゴス』で紹介した健次郎叔父が、戦後、飛行機乗りから一転どころか数回転した職業の中に菓子製造業があり、たしかシュークリームなどを作っていたはずで、そのころの帯広は業界ではまったくの未開地だったはずだからである。
 ちなみにこの叔父は、終戦後のドサクサのなかでいろんなことに挑戦した。最初は湧洞沼で製塩、次に糸の立たない納豆(もちろんわざとじゃない)作り、前述の菓子屋さん、そして最後にやった機械(チェーン・ソーなど)販売業でやっと陽の目を見たらしい。販売業と書いたが、何かの機会に発明賞をもらったこともあって、元パイロットもなかなか頑張ったようだ。愛妻亡きあと一念発起(?)したのか、娘夫婦の家に車で行ける距離にあるマンションに一人住まいをしながら、八十七歳の今も背筋をぴんと伸ばして連日ダンスとパークゴルフで人生を楽しんでいる。一昨年の老人の日、「北海道新聞」にダンスに興じる大きな写真が掲載され、バッパさんの顰蹙を買ったりしている。
 ところで「三方六」もいいが、十勝開拓の父・依田勉三の「開拓鍋」をモチーフにしたお菓子はどうだろう。たとえば、基本的には甘さ控えめの十勝小豆の最中で、鉉(つる)のところにはブラック・チョコレートを配して。売れると思うよ。

佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。6年間の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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