諦めず今日もケセラン・パサラン

この雨の中、迷いに迷ったが、といって誰とどこに投票すべきか迷ったんじゃない。投票すべきか、それとも棄権すべきか、それを迷っていただけ。つまり投票によって国民の意思が表明されるというこの有難ーい投票制度そのものに絶望しているからだ。
 特に今回ほど日本の政治がグダグダの末期症状を呈していたことはなかった。結局、小池という出たがり屋のおばさんにかき回され、辛うじて命脈を保っていた革新勢力が分断され、安倍政権に引導を渡すどころか政権続投へのお墨付きまで与えたわけだ。いや、まだ結果は分からないが、100パーセントそうなるだろう。
 岸洋子の歌の文句じゃないけど、大した勝算もないままに「“希望” という名のあなたをたずね」た前原の罪は大きい。まっ、もともと脆弱な政党であり、これで落ちるところまで落ちたわけで、これも日本政治全体の退廃現象の一つに過ぎない。
 選挙戦終盤にきて、安倍首相が福島入りをした光景をたまたまテレビで見たが、彼を歓迎する善良な県民たちのなんの屈託もなく嬉しそうな顔に、正直深ーく絶望した。大震災直後の参院選挙の時もそうだったが、これだけ痛めつけられているのに何一つ不満や怒りを持てない良民たち。その時も「清き一票」などとさんざ刷り込み教育をされてきた「良識」の民の投票行為が、結局は日本の政治をダメにしてきたと感じたが、もちろんそれに代わる有効手段がないことにさらに深く絶望している。つまりお上に「従う」ことは教えられたが、そのお上の不正や間違いに対して批判することも正しく「怒る」ことも教えられてこなかった良民の悲しくも痛ましい姿だ。
 しかし今は「最悪の事態だが、ここで諦めず、不退転の覚悟をもって自分らしく力を尽くして」生きてゆこう。(あれっ、どこかで聞いた文句だと思ったら、それ「平和菌の歌」の解説の言葉じゃない? そうだよ、要するにケセラン・パサランの精神。だからおいちゃん(本当はお爺ちゃん)は、こうして今日もせっせと豆本作りに精を出してます)。

佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。6年間の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

諦めず今日もケセラン・パサラン への1件のフィードバック

  1. fuji-teivo のコメント:

    確か中村さんという方のコメントが上出さんの投稿の前にあったはずですが、いま見たら消えてました。現在ブログが不法侵入の被害を受け、そのためサーバーが復旧中でしたので、そのための事故かも知れません。他意はございませんので、もしよろしかったら、中村さんもう一度投稿してみてください。宜しく。
    それからついでに申し上げておきますが、ここはあくまで「談話室」で、それが卓見であろうとなかろうと話し相手無しの単なる意見陳述の場でないことをどうぞご承知おき下さい。

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