一歩前進

先日再選されたばかりの長野県知事田中康夫氏が、福島県の矢祭(やまつり)町町長根本良一氏を訪ねたというニュースが流れた。町村合併が大勢の中、矢祭町では断固反対姿勢をくずさなかったことに対して、地方自治あるいは地方自律の観点から意見を聞きたいということでの訪問である。もちろんかねてからその意見に共鳴していた根本氏を応援するためであろう。そしてそれより先に、この矢祭町の決断を尊重する姿勢をとっていた福島県知事佐藤栄佐久氏を訪問していたことも同時に報じられた。
 このダイアローグで時事ネタはできるだけ避けるつもりだったが(もともと時事問題が不得手だという単純な理由からだが)、このささやかな一歩前進には触れずにはおれない。原発問題に対する佐藤知事や県の対応がどこまで本気なのか、未だに疑心暗鬼のところもあるが、しかし今までのところ、それが場当たり的なポーズではなさそうなので喜んでいる。国の独善的姿勢に対するこの実に当たり前の抗議がいまだにニュースになること自体、わが国の政治的成熟度がいかに低いままであるか、を物語っている。
 国家の面子あるいは大義の前に個人がいかに無価値なものと見られているか、今回の拉致被害の問題に対する政府あるいは外務省の対応を見ても明らかである。肉親が拉致されたことをできるだけ表沙汰にしないよう、被害者の家族に対して外務省などが働きかけていたことが明らかになってきた。たとえば誘拐事件の場合、犯人を下手に刺激して被害者にもしものことがあってはならないから、一時期隠密裏に捜査を進めるということはある。しかし外務省や政府がやってきたことは、下手に相手を刺激して政治的に不利な立場にならないように、というのが本音だったであろう。国家の大義の前に個人の命など無価値であるという本音が、口にはしないが、透けて見える。
 拉致被害の家族には大いに同情するが、北朝鮮との国交回復という大事の前には致し方ないという考え方もあろう。しかしこれこそまさに乗り越え廃棄しなければならぬ国家観の残滓ではなかろうか。そして鋭い痛みとともに思うのは、この日本国自体が、当の北朝鮮をはじめ近隣諸国に対して、その残酷さ、その規模において今回の拉致事件以上の国家的蛮行と犯罪(強制連行は白昼堂々と行われた拉致である)を繰返したことを未だにきちんと清算していない国であるという事実である

佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。6年間の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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