最初は、朋あり遠方より来たる、また楽しからず哉、という心境だった。どこから狂い始めたのだろう。昔から癖のある人であった (それはお互いさまである)。それを承知で付き合ってきた。思い返すとこれまでだって、決定的な仲違いになりそうな局面を危うく回避したことが何回かあったような気がする。その都度それが避けられたのは、互いがまだ若く、柔軟だったからであろう。だから双方の歳を考えに入れなかったことが、取り戻しようのない決裂を招いたのかも知れない。いや、歳のせいだけではなかろう。どうしてか分からないが、すべてが悪い方悪い方へと傾き出し、そして魔の一瞬が訪れた。避けようがなかった。「俺はもう帰る」、彼がそう口にしたとき、破局は一気に訪れた。その時、修復は不可能、と観念した。
それでも一応は引き止めた。未練たらしく、こちらに非があるなら謝るから、と通りまで追いかけていって引き止めようとした。もちろん「こちらに非があるなら」という限定つきの謝罪で事態が逆回転するはずもなかった。彼も私もそのことはよく分かった。夜道を帰っていく彼の後姿を一瞬見送ったあと、後ろを振り返らずに家に戻った。無性に腹立たしかった。
その日、再会の瞬間から破局の予兆がいくつもあったのかも知れない。いつもよりやけに愚痴話が多かった。おいおい、そんなこと言ってたら、そのうち刃傷沙汰になって週刊誌ネタになっちゃうぞ、と茶化したほどである。だからあの決定的な瞬間を招来するには、話題はなんでもよかったのかも知れない。しばらく会わないうち、揶揄や冷やかしの言葉が、剥き出しのまま相手に届く感じで、かつてのようにそこに緩衝材のような暗黙の間合いの入る余地など無かった。
だが、これもまた人間関係の一つ。ともあれ日頃から肝に銘じているのは、断絶によって相手が不幸になるのであれば、どうにかして関係修復に努めるべきだが、そうでないなら、きれいさっぱりそれぞれの道を歩むしかない、ということである。複雑な人間関係の中で当然あっておかしくはない絶交というものが、コミュニケ―ション手段の変遷・変化のせいか、次第に少なくなっているような気がする。けっしていいことではない。しかし、互いに譲れぬものがあって当然。いい加減な妥協や同情より絶交の方がいい場合がある。
ともあれ今は相手も同じ考えであることを念じるのみである。 (1/5)
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