必須の作業

このところ、といって正確にはここ十日ばかりになるだろうか、朝から夜寝るときまで本作りに精出している。そんなに頑張らなくてもいいのに、と思いながら、回りだした弾み車は止まりそうもない。鶴の恩返しの鶴のような、という形容はもはや当たらず、五、六人の腹をすかしたガキを横目で見ながら袋貼りに精魂使い果たしている貧乏長屋のおかみさんといったところである。

気がついたら80冊近く作っていた。初めのうちは、この単純作業は本を作るためにはどうしてもやらねばならぬ苦役みたいに考えていたが、しかし次第に考えが変わってきた。つまりこの超単純な肉体労働は、自分の書いたものを他人に読んでもらうためには、単に必要だけでなく必須のものではないか、と考え出したのである。つまりお百姓さんが種まきから、除草、刈り入れ、脱穀、出荷まですべて自分の仕事とするように、物書きも執筆でその仕事が終わるのではなく、編集、校正、印刷、製本、そして送付まで、すべて自分の手でするのは、少なくても物書きの一つのあり方として成立するのではないか、と考えるようになったのである。 何のことはない。無味乾燥な仕事に、何とか意味を持たせたいとの、切羽詰った考えかもしれない。しかしこう考えることによって、つらい仕事のいくぶんかが楽になったような気がする。つまり無駄なことをやってるという焦燥感・徒労感が軽減されたわけだ。

ともあれ、初めの何十冊かは筆者「あとがき」しかなかったが、密かに期待していたように、途中から、つまり第二版からN氏の解説「モノディアロゴスについての対話」を収録することができた。番外編として以下その文章を発表させていただく。

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佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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