いまスペイン語教室で

 小雨の中、美子と文化センターのスペイン語教室に出かける。今日は第三木曜、初級コースである。清泉でのかつての教え子・青島郁代さんの『実力UP!スペイン語』の終わり近く、一月六日の御公現の祝日の前夜祭についての短文が今日のテキスト。接続法過去完了などという私自身もあまり使ったことのない構文を最後に、一応の文法を終えたところだが、果たしてどこまで理解してもらえたか、すこし心配しないでもない。しかしこの教室の狙いは、スペイン旅行に役立つ簡便な日常会話の習得ではなく、できればスペインの文学作品やネット上のスペイン・中南米の新聞がなんとか読めるようになる、といささか欲張っている。
 
 聴講者のほとんどは、もう何年も教室に通っているベテラン(?)である。すぐ理解できたり使えなくてもいい、ゆっくりしつこく勉強していこう、というのが講師の口癖である。今日も帰りがけ、聴講者の一人が、学生時代は語学なんて大嫌いだったのに、この歳になって分からないながらこんなに勉強するなんて自分でも信じられない、でも一つの生きがいです、と言う。彼女の意見にみな同意する風。講師としてこれ以上嬉しい言葉はない。

 偶数番目の木曜は一応は中級コースとなっているが、初級コースと重複させている人が九割である。今年度のこちらのクラスは、雑多なテーマの文章を読むことになっている。このところ、スペイン語に訳された日本文学をつまみ食いしている。先ず高木敏子の『ガラスのうさぎ』、芥川龍之介の『河童』、そして先週からは宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』である。なんて書くとびっくりされるが、ほんの冒頭部分を日本語原文と合わせて、ゆっくり読んでいる。無謀と言えば無謀な試みだが、しかし文法で一応は勉強したものが実際どのように使われているか、いちいちフィードバックしながら、そしてたいていは直訳というより意訳になっているので、どうしてそうなるのか文化的背景までも探りながらゆっくり読んでいる。

 その間、美子は隣の席におとなしく座っている。この形はもうだいぶ前からのものなので、美子はすっかり慣れている。分かるかどうかは分からないが(たぶん理解していない)、私が大きな声で強調するときなど、隣でしきりに頷いたりしている。時おりのオヤジ・ギャグを、その雰囲気で分かるのか、聴講者に先駆けて大きな声で笑ったりすることもあり、さすがにそのときは恥ずかしい思いがする。

 ボランティアなのに雨の日も風の日も大変ね、と言われたりするが、しかし私たち夫婦にとって、この週一のお出かけは、下手をするとグダグダに崩れかねない生活にほどよいリズムを作ってくれるありがたいノルマなのだ。授業も軌道に乗せるまではガタがきた大型タービンを回すような膂力が必要だが、進めていくうち、次第に元気が出てきて、終わりの時は余剰の蒸気を徐々に放出させなければならないほどである。おかげで今晩は、帰りがけには雨がやんでいたこともあって、玄関先の傘立てに傘を忘れてきた。家に着いてから電話で問い合せると無事に残っていた。明日の朝、頴美が買い物の途中取りに行ってくれるそうだ。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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