廃材利用の帝王

いまどき、ファン・ヒーターであれ時計であれ、全てコンピュータ操作で、故障したらもうお手上げだ。昔は街の時計屋さんの店先で、水中眼鏡の親方みたいなものをかけたその店の主人が、小さなリューズやぜんまいをピンセットでいじっている姿を見かけたものだが、今ではそんな時計屋さんの数は微々たるものだろう。いまどきの時計屋さんは電池交換しかやってくれない。ところで今リューズと書いて、外来語のように思っていたが、本当はれっきとした日本語らしい。つまり竜の頭と書く。知らなかった。
 エアコンにももちろんコンピュータが組み込まれている。調子が悪くなったら最寄りのサービスセンターに連絡して修理に来てもらうか、販売店経由で修理に出さなければならない。ラジオやCDプレーヤーなら、時には、というよりたいてい、修理代の方が新品より高くついてしまう。別にいま現今の商品事情をぼやくつもりはなかった。今日は台風一過、朝から真夏のような日になって、あわてて二階廊下(私の書斎コーナーでもある)のサッシ戸に八王子から運んできたクーラーを据えつけたことを報告したかっただけである。幸いなことにこのクーラー、どこか北陸の小さな会社が作った簡単構造というか原始的構造のクーラーで、素人がいじっても立派にクーラーとして再生した。ほかに二つ普通のエアコンも運んで来たが、これは電気屋さんに頼むしかないだろう。
 いや、クーラーを立派に据え付けましたよ、と自慢するつもりでもなかった。言いたかったのは、机にも向かわないで一日のかなりの時間をガラス代わりのアクリル板を切ったり、クーラーと柱隙間を埋めるべく廃材を利用したり、の悪戦苦闘の意味である。電気屋に払う手間賃が惜しいからか。それもあるが、見方によっては無駄かつ無意味なこうした時間の過ごし方を大事にしたいのである。伊東静雄の「秧鶏は飛ばずに全路を歩いてくる」のクイナのように、不器用に、省略せずに、非効率的・比効果的に生きることを大切にしたいのである。実はこのような考え方は、ここ二年ほど野良猫たちとの付き合いから徐々に教えられた。(いつものように本当に言いたいことが最後にやっと出てくる。この回り道にもそれなりの意味があると強弁したいのかな。ちょっと無理と思うよ)
(7/12)

佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。6年間の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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