夏の詩三篇(古い私家本からそのママ)


旅のアルバム(十勝・坂下)

白い雲が流れ
 高原に涼風が立つ
私の三人の従弟たちは
 三叉路にまぶしくポーズをとる

あの頃は叔母さんも
 病がちではあったが
まだ子供たちと一緒で
 ふくよかな微笑を……

あれは北国の夏
 都を遠くはなれた
透き通るような紺碧の空の
 その光が眼にまぶしい

すべてはあの夏空に
 すいこまれ、はかなく
あゝ、風の音がよみがえる

       (一九六五・八・七)

     
せみ

あれはみんみんぜみ
 つくつくぼうし
秋風が立ちはじめた
 むさし野の森に

白い雲は光をはらみ
 青い空は海をうつす
麦わら帽が三つ
 ほこりっぽい広場をよぎる

あれはみんみんぜみ
 行く夏を惜しむ
あれはつくつくぼうし
 明日がないと泣く

       (一九六五・八・七)

夕陽

むさし野の森と林と
 家と電柱を
 黒く沈めて、今
赤い太陽が落ちる

粛条とした風が
 まといついて 又
夕陽の中に散った
 屋上はルビー色

世の中にまだこんなにも
美しいものがあったのかと
   胸のときめきをおさえて
   沈む太陽に背を向けた


※ いまさらコメントするまでもない詩もどきですが、私自身にとってはなぜか捨てがたく、十数年前他のかなりの数の詩(もどき)とともにワープロ印字の私家本一冊にまとめました。一九六五年、東京西郊のI会神学院時代の作です。以後詩作からは完全に遠ざかったままです。
 「旅のアルバム」は、実際の小さな写真を見ながらのものです。その頃(写真が撮られた頃)、確かS叔父は帯広の病院に、幼い三人の子供たちを抱えながら教員生活を続けていたC叔母自身、そのころ既に足がむくみ始めており、数年後に叔父よりも先に帰天しました。本当に素敵な女性でした。

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佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。2018年12月20日、肺がんのため宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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