ドブとドブ君

 新藤兼人さんの『ノラネコ日記 ―乙羽さんとドブ君たち』がアマゾンから届いた。面識も無いのに「さん」呼ばわりをしたが、九十八歳になっても映画への情熱がいささかも冷めることなく、今も「一枚のハガキ」という作品を撮っていることへの尊敬の念をこめてそう呼ばさせていただいた。九十八歳、うちのばっぱさんと同じ歳である。ちなみに「一枚のハガキ」は、自らの体験を基に、戦争の非人間性を追及した映画らしいが、その完成が待たれる。

 ところで『ノラネコ日記』の挿絵はすべて新藤さんが描いたという。実に味のある絵である。もともと絵の才能があったのか、それとも映画用の絵コンテを描くうちに徐々にうまくなったのか。

 八王子の家のネコたちがそうであったように、新藤家のネコたちもみな野良の出らしい。一時は全部で十匹のネコたちに食事を与えていたころのことが思い出される。新藤さんちのドブは、ドブネコのようなお母さんネコから生まれた男の子らしいが、八王子で同じ名前で呼んでいたネコは、はたして爺さんだったか婆さんだったか。本当にドブから出てきたような汚い猫で、両耳は喧嘩で食いちぎられていた。灰色だが、もともとは白ネコだったらしく、食事時になるとどこからか忽然と現れたものだ。

 八王子から原町に引っ越すとき、美子はドブも連れて行こうか、と本気で言っていた。彼女が言うように、洗えばなかなかのハンサム(やはり牡だったか)だし、何よりもその眼は深いブルーで、もしかして野良になる前は、どこかの金持ちに飼われていた由緒正しきネコだったかも知れない。もう死んでしまったはずだが、残してきた他のネコたちと一緒に、ときどき懐かしく思い出す。

 内田百間の『ノラや』も素晴らしいが、新藤兼人さんの『ノラネコ日記』も、その味わい深い絵によってネコ文学名作の仲間入りをしたと思う。もちろん富士貞房の『猫まみれ』もその末席を汚す小品であることも付け加えさせていただこう。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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