オデュッセイア号の船出

 屋内退避地域に指定されているわが南相馬市が、いまや自主避難を促されている地域になったとか、ならなかったとか、実は良くは知らない。知る気にもならない。さんざん翻弄され、愚弄され、結局は突き放された(ある人はこれを政府の責任逃れのためのアリバイ工作だとおっしゃる)ことに、もはや怒りを通り越してあきれ果てて物も言えないからである。
 
 だが幸いなことに、私たちの願いが功を奏しはじめたのか、わが家から近いセブン・イレブンが店を開け、わが家のすぐ裏の産婦人科病院(孫の愛誕生の病院)の医師が一時避難から戻って妊婦さんたちを守っている、という明るいニュースが流れ始めた。そして今夜十時現在の南相馬市の環境放射能測定値がさらに下がって1.12である。すべてを勘案して、正常化へ向かって少し光が射し始めたのかな、と思っている(いやいや甘い甘い)。
 
 ところでこの「モノディアロゴス」、震災前までは一日平均150ほどのアクセスがある、極めて個人的なものであったのだが、この大震災を機に現在のような、多いときは一日五千近くのアクセスがある半ば広場の掲示板のようなブログとなってしまった。私の考えに共鳴はしなくても、少なくとも関心を持ってくれる人が増えたことは嬉しいのだが、正直なところとまどっている。事態が沈静化に向かうにつれ(いやいやそれはまだまだ先の話だが)、訪問者は次第に少なくなっていくだろうが、顔の見えない群衆に身を曝しているという感じは拭えない。
 
 それで、今晩は、一休止の意味で、ごく個人的な報告をさせていただく。今日の昼前、とつぜん玄関のインタホンが鳴って、十和田からカトリックの神父をしている兄の声が聞こえてきた。道路が通じるようになったから車で来た、という。要するに老母と息子の一家を迎えに来てくれたのである。実はこれまで再三、避難してこないかとの誘いを受けていたのだが、その必要性は無い、とことわってきた。もちろん親子といえどもそれぞれ自分の考えのもとに行動する権利がある。息子たちも自分の考えで残留していたのである。しかしこうして迎えに来られて、一瞬のうちにこの誘いに応じるべきだと思い、息子たちにもそう勧めた。
 
 その本音を明かすと、あまり知られれたくないわが家の事情を世間に知られることにもなるが、ここ一週間ほど前から新聞などマスコミに身をさらした以上、いまさら隠すまでもないな、と思い始めたのである。つまりこのエクソダス(圏外脱出)を衆目に曝すことが、むしろ息子の自立への第一歩になるのでは、と期待したのである。十和田でも、あるいは十勝の田舎でクリニックをやっている従弟のところでもいい、その地でどんな仕事でもいい、自立へのチャレンジをしてもらいたかったからである。
 
 事実、大震災の直後、息子にはこう言った。この震災で、親や子を失った多くの人たちがいる、だから想像力を働かせて、こう考えてはどうか。いよいよこれで死ぬかと思った大揺れのあと、あゝ助かった、そしてふと気がつくと愛する妻も娘も無事だった、そうだ生き返ったのだ、死んだと思ったのに辛うじて生き残ったのだ、と。これは再生へのまたとないビッグ・チャンスではないか。息子はそのときはぴんと来なかったようだ。しかし突然与えられたこの脱出行は自己再生へのまたとないチャンスとなる。
 
 とつぜん偉そうなことを言うようだが、今回の大震災で正に九死に一生を得た人だけでなく、多くの人がこれを契機に自己を振り返り、反省し、再生の誓いをかためたはずだ。これまで出来なかったものも、死んだ気になればやれないことはない、と。つまり事は息子だけの話ではないのだ。
 
 そしてさらに白状すると、新聞に載った写真のように98歳の老母と2歳の幼児は、まるで人質のように思われはしないか、と怖れるところがあった。そして何人かの人から、せめて未来のある愛だけでも避難させるべきだ、とも言われた。これは私にとって、いちばん弱いところ、ぐさりと刺さった棘のようなものであった。つまり98歳の老母と認知症の妻、そして2歳の幼女を盾にして戦っていると思われはしないか、と危ぶむ気持ちがあったのだ。
 
 しかしいま、そのうちの二人が安全圏に移り、残るは私と妻だけ、うーん戦いやすくなったわい。それこそ矢でも鉄砲でも持って来い、という感じ?(ここはしり上がりの調子)
 
 いま零時をまわったところ。十和田に着いたら、先ず受け入れてくれる特別養護老人ホームに母を預け、息子一家は信者さんが用意してくれるアパート(?)に入る予定である。まだ着かないのだろうか。いやもう着いたのかも。いずれにせよ、彼らは安全圏へと脱出した。心配はよそう。
 
 ところで表題は、兄が乗ってきた車が、ホンダのオデッセイだったことから咄嗟に思いついた冗談である。しかし合っていなくもない。なぜならオデュッセイアは父を探しての漂流の旅の物語だからだ。息子よ、父の真意をどうか分かってくれ。そしてお前たちをこんな形でマスコミに被曝させたことを許しておくれ。しかしこの被曝は善意の人の目にさらされることと理解してくれ。それはお前の再生への、いささか痛い、しかし確実にお前のために道を開いてくれる被曝であることを信じてくれ。愛たちと一緒に暮せないのは、確かに寂しい。しかしお前がこれを機に自立の道に進むなら、その方の喜びは数倍も大きいのだ。

■追記いくつか
〇三月二十七日午前七時三十五分 今テレビを見たら、愚かな政治家たちが自主避難地域(と言う言葉が、もう一人歩きしている)について、実状を把握しないでいい加減なことをしゃべっている。本当に胸糞が悪くなる。皆さんどうぞ宜しく彼らに、総務省?、実状を告げ知らせてください。因みに今朝六時現在の例の数値は、 南相馬市1.08マイクロシーベルト。昨日に続いて下がってます!
 それから、母や息子一家がいなくなったので、送っていただいたものを含めて老夫婦が優に三ヶ月以上生き延びるにじゅうぶんな糧食がすでに確保されています。
〇午前十時四十分 先ほど西内君から電話があり、明日からゴミ収集も始まるそうです!
〇午後一時十分 西内君来訪 営業を始めた栄泉堂のお菓子を持ってきてくれた。甘いものに飢えていた私たちにとって、ありがたい贈り物。彼の話によると駅通りの商店が五、六軒、南町の山田鮮魚店などが営業を再開したそうだ。また「まちなか広場」では有志が支援物資の無料配布を継続し、ガソリン・灯油は三台のタンクローリー車がきて、市民の足のためのじゅうぶんな量が確保されているという。
 こういう危機にこそこれまで姿が見えなかった有為の人材が姿を現す。ガンバレ、南相馬!町復興の動きが加速してきた!
 

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佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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3 Responses to オデュッセイア号の船出

  1. さくら のコメント:

    ヨウ素の影響を幼児が受ける、と言われているため、ずっと愛ちゃんのことが心配でした。 ですから、遠くの無事なところへ避難されたと知り、本当にほっとしました。 今や南相馬市は、新聞でもテレビでも大きく取り上げられ、日本中が2万人以上の、屋内退避の方々の身を案じ、その動向を注視し ていると言えます。 放射能測定値が低いうちは、たしかにここ東京にいても、南相馬市にいても、余り変わらないのかもしれませんが、万一の時には、そちらの方が数値は一気に大きくなるはずですから、少しでも遠くへ、できれば十和田へ避難されて下さいね。 勿論そんなことにならないように、現場で必死に作業されて下さっている方々を信頼し、事態が終息することを願っておりますが。 お疲れの毎日でしょうが、どうぞお体を大切になさって下さい。

  2. 米谷 のコメント:

    佐々木様
    相模原市の米谷です。何度か、著書や訳書を送っていただきました。
    あの地震のあと、南相馬のあまりに海に近く、原発に近いことを知り、心配していましたが、
    22日の東京新聞の記事で無事であることを知り、安堵しました。
    原発が少しでも早く収束することをお祈りします。
    また、くれぐれもお体にはご自愛ください。
    お手紙で、と思いましたが、郵便事情がわかりませんので、この場をお借りしました。

    米谷 勲

  3. themis のコメント:

    自主避難を勧める官房長官の会見に「違うだろ!!」と怒りを覚えていたところ、コンビニ開店や病院の先生が戻られたニュースをテレビで見て、ひとまず安堵していたところです。
    まだ解決というわけではありませんが、たくさんの不安の一つずつでも確実に無くなることを願ってやみません。
    これからも毎日拝見しております。

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