漢字文化讃

 新聞は一応取ってはいるが、見出しをざっと見るぐらいで、ほとんど読まないのと同じである。ニュースそのものはテレビでいち早く報道されるし、記事だってたいていはネット上で読むことができる。クッキーは死んでしまったので、オシメ代わりになることもない。だったら購読を止めればいいのだが、でもたぶんネットには載らない時おりの寄稿記事を読むためだけに取っているようなものである。

 そんな寄稿文の一つ(もう一つは大江健三郎のそれ)が、加藤周一の「夕陽妄語」である。22日の彼の「漢字文化讃」は、最近私自身がぶつかっている問題への実に示唆的な内容のものであった。要旨は、大戦後半世紀以上、日中韓三国はそれぞれの経済的発展には成功したが、政治的な相互信頼関係を築くことには失敗した。だからこそなお、長期的な文化交流を持続させる必要がある。

 その難問解決への手がかりとして、加藤氏は三つのことを提起する。すなわち第一は、古典中国語の書きことばによる筆談の発展、第二は中国語の日本語への影響の詳細を再検討してみること、第三は、以上の歴史的積み重ねを踏まえての、これからの三国の情報流通の円滑化である。

 この問題に私自身のことをからめて言うと、いわゆる外国語としての中国語修得は、年齢からくる相応の「がた」を考えて非常に難しいと判断。それで高校時代にはすっかり投げていた漢文の学習から入っていこうかな、と思い立ち、小川環樹・西田太一郎の『漢文入門』(岩波全書)や原田種成の『漢文のすゝめ』(新潮新書)などを机の側に積んではいるのだが、まだ読み始めてもいない。

 つまり中国語をまったく未知の外国語と見なすことは正論・正道かもしれないが、しかし千年を越える日中文化の交流と相互影響をうまく活用しないのは勿体ない、いやむしろ活用しないのは愚かで先祖様に申し訳の立たない態度ではないか、と密かに思っていた。だから今回の加藤氏の見解に後押しされて、こんどこそ本腰を入れよう、という気持ちになっているのだ。

 いやそれよりもっと貴重な、そして私自身がばくぜんと予測していたことを明確な輪郭のうちに教えられたのは、次の最後の段落である。

 「中国古代のいきなり世俗的な世界観は、次第にキリスト教を離れようとしている人間社会に、何らかの根源的な寄与をなし得るのかもしれない。その可能性はバラ色ではない。しかし灰色ではない。東北アジアには神のいない社会秩序の一つの典型があり、それこそが<希望>であるかもしれない。」

 どんな屁理屈をこねようと、既成の宗教あるいは宗教観が現代世界の混迷に深く関わっていること、しかも無力であることを考えるとき、宗教に対する無宗教、という対立図式の中の無宗教ではなく、加藤氏が例に出している漢詩の世界(超越的な人格神が驚くほど不在)や、わが国の万葉集の世界に顕著な、おおらかで包容力のある無宗教の伝統は、確かに迷走する現代世界にとっての「希望」である可能性は「かもしれない」ではなくより積極的な「ちがいない」に変わるのではないか、と思っている。

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佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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