23日のシンポジウムが終わってほっとしたいところだが、『青銅時代』第48号に載せる原稿の締め切りが迫っている。自分の原稿と、書評、そして青銅ギャラリーの三本である。なかでも頭が痛いのは書評である。その本の著者は知っている人であり、本来ならば(?)互いに意見交換をしてもいい関係にある。しかしおそらく互いにその文学観にはそうとうの開きがある。
本音を言えば、書評を断りたかった。いや何度か編集長にそう申し出たのである。しかし先ほども言ったように、本来なら互いを認め合ってもいい間柄、もっと正確に言うと共通の関心領域を持ち、共通の恩師を持っているがゆえに、同人の中ではもっとも書評を受け持つべき立場にあるのだ。編集長自身も、その他ふだんなら書いてくれそうな人も、折悪しくそれぞれ執筆原稿を抱えており、私としてもどうしても断り切れなかったのである。
本の内容は、まさにその共通の恩師についての論考だからなおさら書きにくい。ありていに言うと、彼の対象に対するアプローチの仕方からして、私とはまったく違う。私なら対象をまず俯瞰して、自分が向かおうとしているポイントがその全体のどの部分であるかを確認した上で論を進めようとする。いつもそれに成功するわけではないが、少なくともそうありたいと願っている。しかし彼は、目標を定めたら即座に目の前の手がかりをぐんぐん追いかけていくのだ。
むかし帯広市に住んでいたころ、小学校への道筋に子供たちがしきりにうわさしていた学者が住んでいた。なんでも彼は、蚤のキンタマの研究で有名だという。子供ながらに、学問というものの奥の深さが奇妙な印象として記憶に刻まれた。いやその学者と今回の書評の相手と同一視するとしたらとんでもない非礼であろう。言いたかったのは、学問にかぎらず世のすべての事象には、マクロの視点とミクロの視点があり、両者ともに不可欠であって、通常はその両者が程よくバランスをとっている、ということである。
またマクロとミクロの視点以外にも、世のすべての事象には、優劣・美醜・大小…つまりまとめて言えばその重要性の度合いが存在する。もっとも重要性が低いといって、それを無視したり否定したり、ある場合には抹消したりして良いと言うわけではない。それぞれがそれぞれ存在するからこそこの世は成り立っているからである。人間たちの短兵急な優劣判断が間違うことしばしばであり、小さきものに真実がより多く宿る場合だってある。<神は細部に宿りたもう>という箴言はその間のことを言っているに違いない。
それはそうなのだが、私から見れば、彼はすべての細部を軒並み(?)つぶさに見てゆくようなところがある。あれあれそんなディテールなどどうでもいいではないか、とイライラさせられるのである。そしてそのディテールがやけに鮮明なのだ。つまり大事なことも瑣末なことも、そこにいかなる区別も設けられずに実に平等な扱いを受けているのだ。さらには、たとえば引用文献の扱い方など、自分の文章と引用文を無差別に並べるなど、文章作成の通常のマナーを守らないなどの欠点がある。
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※父・佐々木孝の文章中の太字や赤字、アンダーラインなどの処理は、すべて死後、息子の手によってなされたものである。
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