嗚呼已んぬる哉!

 今朝のこの季節はずれの(何?例年とさして変わらぬ?)猛暑の中で感じているのは、神をも恐れぬ不遜な表現を使えば、この国が真に覚醒するには、今回の原発被災の規模でもまだ足りなかったのか!という暗澹たる思いである。嗚呼已んぬる哉!

 いま無念さを何とか表現しようとして慣れない言葉を使ったが、そこでもう噛んでしまった無様な私。つまり「やんぬる」の「已」が「自己」の「己」なのか、それとも「巳年」の「巳」なのか分からなくなり、虫眼鏡で辞書を引いて、それら二つとも違う「已」の字だとようやく分かった次第。

 いやいやそんなことはどうでもいい。実は二日ほど前から、気候不順のためか疲れのためか、腰を痛めて、なかなか辛い毎日。ただいわゆるギックリ腰でないので、歩くことは歩くが、歩行ままならぬ妻を連れてスーパーなんぞを歩く姿は、横這いの夫婦ガニ、それも年取ったカニそっくり。なーんて自虐的な言い方はやめよう。

 それもこれも、わが瞬間湯沸かし器が沸騰するでもなく、ただグドグドと(こんな擬音語無いか)低音のまま揺れ動いていることのいわば前振り(すみません、これ芸人用語でした)。

 そう、言わずと知れた電力各社の株主総会のこと。だから言ったでしょう、「日本は一つ、みんなで頑張ろう!」なんて、まったく意味の無い掛け声だって。要するに株主たちだけでなく、日本中のかなりの人が、世界を、日本を、投機家の目で見てるっちゅうことですばい。いや残念なことに日本人だけじゃありません、世界中のかなりのパーセンテージの人が、物事を株主の、投機家の目で見てるということです。それがベース。その上を宗教的、教育的、文化的…いろんなドッピングで飾り立てているだけ。「…的」の極め付けを言いましょうか、そ・れ・は「平和的」っちゅう飛び切り甘―いドッピングでんな。いまも世界いたるところで繰り広げられている「和平交渉」なるものの中身は………そう、投機的思惑でんがな。「投機」とは、もともとは「禅宗で修行者の機根が禅の真精神にかなうこと、師家の心と学人の心とが一致し投合すること」だったのに、世の中堕落しましたね。

 実を言うと、この株主総会のことが報じられる前、つまり昨日、玄関のブザーが鳴って「…新聞でーす」と販売店の人が契約更改に来ましたです、はい。腰をいたわりながら玄関に出て、いつもの通り契約更改時にいただける粉石鹸、いや洗剤、が欲しくて、危うくハンコを押しそうになりました。でも思わず出た言葉は「えーと、今回は少し考えさせて下さい」でした。自分でもビックリしました。その新聞は、少なくとも私の中ではもっとも良心的で公平な報道を続けてきた新聞でした。それに心から信頼する友人さえ内部にいます。でも最近、分からなくなってきました。なにか事件があると、頭はなくとも体力自慢のテレビ各局のリポーターよろしく、他社に負けじと「何も考えないで」とりあえず「現場」に駆けつけて書いたような、「中身スカスカ」の記事が増えてきました。

 ここ数回、このブログでも親愛なるコメンテーター諸氏が新聞批判というより幻滅感を吐露されておられます。なんとも嘆かわしい事態です。

 報道の客観性とはなんでしょう? 新聞記者はヤジロベエでも風見鶏でもありません。自分の眼で見、自分の頭で考え、自分の心で感じる人間のはずです。たとえば、自分と信条・思想のまったく違う大物のインタビュー記事を書かなければならないとします。出来上がった記事を見て、当の大物は、「うーんこれは確かに自分は言った、あっこれも言った、でも何か変だなー」と思いながら、もともと頭が悪いもんですから、どこが変なのか分かりません。でも鋭い読者は、というより大物よりまともな読者は、記事全体がこの大物の豪華なダブル(とは今は言わないか)の中身をバッサリ切っていることを読み取ります。

 さあ、そんな名人芸を全ての記者に期待するのは無理でしょう。でも私は数少ない優れた記者たちを信じて、現在の契約期間いっぱいの今年の十二月まで態度保留とします。さしずめコメンテーターの一人澤井さんなら、「お前ひとりが購買しなくたって、大新聞の懐はビクともしないぞー」と天井桟敷から声を掛けさせるところですね。

 書いてるうちに、不思議や不思議、腰痛がなんだか消えたようです、はい。

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佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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5 Responses to 嗚呼已んぬる哉!

  1. 宮城奈々絵 のコメント:

    蒸し暑い毎日が続きます、先生、奥様体調崩されたりはしていませんか?
    腰痛もあるとのこと。心配しています。
    どうぞ、ご無理はなさらないで下さい。
    先日、仙台の高校の同級生が上京し、南相馬市小高から政府に追い出され横浜に身を寄せている友人、関東在住の友人、計4人でミニ同窓会をしました。
    大好きな仙台の街もあちこち崩れたままと聞き、悲しく思い、政府は3ヶ月何してるんだ!と腹が立つこと、まず1回。
    横浜の友人は政府東電からも支援なんか無いので、お金が厳しく子供が幼稚園さえ行けないと聞き、自分達が追い出したくせに、なにやってるんだー!と腹が立つこと2回め。
    そして東電株主総会。腹が立つのか、悔しいのか、訳の分からない怒りの渦に巻き混まれ、自分の感情をどこに向けたらよいのやら…です。
    一つの会社に多くの人生が否応なく変えられている現実があるのに、文句一つ言う権利さえも自分に無いのが悔しいです。

    この国に未来を夢見ることも、子供達の将来を思い描くことも出来ず、何やら急にわからなくなってしまいました…。

    目茶苦茶な内面を表したような文章で、大変すみません…。

  2. 安里睦子(サスケ) のコメント:

    このごろのいろいろな事象を見ると、原発というのは麻薬のようなものだ、
    という事を思うようになりました。
    行き着く先は破滅であり死であっても、いったん始めるともうやめる事はできない。
    そう考えれば、国会議員さんたちの最近の不可解な行動も、
    取り上げられそうになった薬を必死に守っているっていう事なんだ、
    と納得がいきます。
    今の時代の暮らしそのものが、この麻薬の効用の上に築かれた
    砂上の城のようなものなんでしょうか。
    その事に気づいている人と気づかない人、
    リトマス試験紙に現れる色のように、
    はっきりとみえている気がします。
    テレビにでているキャスターも、しっかりその色がついていますね。
    私たちがしっかりそれを見分ける事が、今最も大事な事で、
    それを何らかのカタチで指摘する事も必要なんでしょうね。
    ここまではどうにか私にも考えられますが、その先はどうしたらいいのか…

  3. K のコメント:

    お久しぶりです。なかなかおたよりできずにいますm(__)m

    株主総会のおたよりもしたいのですが、ちょっと割愛させていただきまして…

    個人的な話になりますが、大学時代の恩師は、大教室で講義をする際、この中の一人でいいから、その心を揺さぶることができれば、、といつも言っておりました。
    新聞も、同じな気がします。読み手も、書き手も。
    新聞に対して、心揺さぶられるような記事を求める読み手は、少なくなった気がします。先生の言われるような書き手も、少なくなったのかもしれません。
    しかし、そんな読み手も書き手も、少しでも、きっといるのです。

    私が十数年前からではありますが新聞を熟読するようになったのは、たまたま読んでいた新聞の一記事にものすごく胸を打たれたからです。
    スカスカな記事、最近確かに多く感じますが(苦笑)、単なる事実の羅列だけではない記事も少なからずあるとそう信じています。
    問題は、その中から、全体の事象を客観的に見ながら、込み上げる気持ちをぐっと抑えつつも、他者になにかを伝えようとする記者の思いを、、見落とさずに、しっかりと受け止められるかということ。すなわち、大事なのは、自分自身がそんな読者としてあり続けられるように、日々怠らないでいられるかではないかと。
    書き手が、ソノヨウに書く理由が、読み手の満足感や単なる読みやすさひいては売上等の利益にあるとしたら、それは私たち読み手の怠慢が招いたことですから。

    先生、腰の痛みは、神経に達します。昨今の暑さは、身体のエネルギーを奪い、回復力を弱めます。
    どうか、くれぐれも、御自愛下さいませ。

    乱文失礼致しましたm(__)m

  4. 松下 伸 のコメント:

    宮城さん、安里さん
    お言葉、
    こころ震わせ
    聞きました・・
    天井裏も床下も
    同じ思いのほこりで舞い立ってます。
    何も出来ませんが、
    その思い、ひとに告げます。
    コトを通わせれば、
    なにか始まりそうな・・
                      梁塵(感)

  5. fuji-teivo のコメント:

    緊急のお詫び
     二人の方からコメントできなくなっていると指摘され、急いで見てみましたら、やはりコメントオフになってました。機械のことはまったく無知ですみませんが、私の意志ではまったくありません。今ブログの世話をしている若い友人に調査(?)を依頼しましたので、間もなく復旧すると思います。すみませんでした、どうぞ復旧の暁にはどしどしコメント入れてください。

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