本格始動はやっぱり明日から

やっぱりなかなか調子が出ません。それで昨日の続きを書いてみます。
 この二月半の間、ぜんぜん書かなかったかというと、もちろんそうではありません。といって辛うじて二つの仕事をしただけですが。まず、約二年越しの課題であった亡父稔の追悼文集を作ったことです。本当は昨年末の命日(12月18日)まで仕上げるつもりだったのがちょうど一年遅れで仕上がったわけです。その目次をコピーしてみます。

    初めに…
    写真集「在りし日の父の姿」
    佐々木稔書簡集
     安藤誠一郎宛、安藤健次郎宛、佐々木褜吉宛
    詩篇二つと断片一つ       安藤誠一郎
    四十七年目の証言        佐々木千代 
    父への手紙           佐々木 博
    父の思い出           松山 廸子
    『ピカレスク自叙伝』      富士 貞房 
    『モノディアロゴス』抄     富士 貞房
    『大連・撫順紀行』       佐々木 孝
     旧満州関係書籍目録 

 これはすべて手作りの、30名ちょっとの親戚・縁者へ配布するだけの限定本ですが、袋綴じのためちょっと分厚くなった以外は、表紙などなかないい感じに仕上がり、自分なりに満足してます。毎度のことながらバッパさんにはケナされてガックリきましたが。

 A4・9ポで印刷したものを二つ折りにし、それを手作り製本機に架けて背のところを糊付けして、少し厚めの紙を表紙にしました。一枚一枚折っていくうち、なんだか絲を一本一本織ってる鶴の気持ちが乗り移ってきて、死後63年目にやっと「恩返し」できたような気持ちになりました。
 あともう一つは、隣町小高の町史のために、埴谷雄高と島尾敏雄についてそれぞれ10枚の原稿を書いたことです。
 明日からは、ほんとうに真面目に書きます。勘弁してください。

佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。6年間の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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