番組放送の後で

 昨夜は一応4時50分に起きれるようケータイの目覚ましをセットして寝た。NHK教育テレビで朝五時から放送予定の徐京植さんの番組を見るためだ。予約録画もセットしたから、起きれなかったら後から見ればいい、と思ってはいたが、ベルが鳴る前にちゃんと起きることができた。昔だったら、それこそ美子は大喜びで、もしかして寝ないで朝まで起きていたろうが、今はそんなこともなく張り合いがなくて淋しい。

 一人で始まりから最後まで落ち着いて見ることができた。自分が登場する場面ではさすがに恥ずかしさが先に立ったが、他にはだれもいないので、わりと客観的(?)に見ることができた。さて感想は? 自分が出たから言うのではないが、ドキュメンタリーとして重い主題を実に手際よくまとめていて感心した。カメラワークも、たとえば愛の絵入り手紙をさりげなく点綴させるなど(そして私が美子の手に自分の手を乗せるところなど、あゝ恥ずかしい!)、カメラマンや演出の行き届いたプロの技量を感じることができた。
 
 ともかく徐京殖氏の重厚な思想が全編を貫いていて、密かに予想していた以上の仕上がりで感心させられたわけだ。だからこれから言うことは、「瑕瑾」という言葉を思いっきり拡大してもまだ使えないような実に小さな不満、と言うより懸念と思って聞いていただきたい。
 
 簡単に言えば、何の予備知識もない人には、たとえば私が今も避難しないで自宅から離れようとしないのは、認知症の妻のことがあるにしても、よほど英雄的な反骨精神の持ち主か偏屈者と思われるのではないか、という恐れである。つまり放射線量の高い飯舘(あの草刈をしていたおじさんのエピソードは実に的確な描き方だ)からいきなり人通りのない路地奥の私の家が映されるわけだから、その辺りも相変わらず線量の高い汚染地域に見えたはずだ。しかし実際は飯舘よりも、あるいは後から出てくる郡山市よりも、今も確実に三分の一の線量しかない原町区では、戻ってきたたくさんの市民たちがすでに以前と同じような市民生活を送っているのだが、あのテレビ画面からはその実状が見えてこないからである。
 
 でもこれは先ほども言ったように、瑕瑾とも言えないようなものである。現実を過不足なく描くことはおよそ不可能と言わなければならないからだ。つまり或ることを描くとは、その或ること以外のものを描写の外に置くことでもあるからだ。もちろんナレーションかテロップで線量の説明があれば或る程度その不備をカバーすることができるが、そうなると今度はドキュメンタリーの流れを説明過多という別の欠点に追い込むことにもなる。
 
 要するに私が、ドン・キホーテの理想主義よりもサンチョ・パンサの現実主義がわずかながら勝った人生観の持ち主であることは、テレビ画面が非情にも描き出した私の体型からも容易に想像できることだから、今さら断わるまでもないことなのかも知れない。
 
 つまり私は事故直後から、一時間毎に発表される環境放射線測定値、飲料水放射能測定結果、そして東日本全体の風向きを注意深くチェックしながら、その都度安全度を確認しながら生活してきたのである。プリーモ・レーヴィや原民喜のようについには力尽きて自死を選ぶような絶望の中には生きてこなかったわけだ。そんなことはよもやあるまいと思うけれど、プリーモ・レーヴィや原民喜が出てきたので、私もいつかは、などと要らぬ心配をした人…いやいや徐京植さんが今度出る本の解説でも言っておられるように、それは私のような悲観論的楽観論者が絶対に選びようのない方向性であるからご心配なく。
 
 つまり私自身は見たことがないが、『百一回目のプロポーズ』とかいうテレビドラマで武田鉄矢が叫んだように、「僕、死にましぇーん」です。ちょっとふざけすぎたかな。

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佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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15 Responses to 番組放送の後で

  1. ヤドリギ金子 のコメント:

     はじめまして。二週間ほど前から友人のサイトで放映を知り、見させていただきました。徐さんの着眼点に大きく頷くと同時に、佐々木さんの決して構えることのない静かな「生活」への姿勢に、極楽トンボの私にどれくらいわかっているかどうか自信はありませんが、共感します。
     たとえ動くことがなかなかできなくとも、せいぜい考えることくらい忘れないようにしたいと思います。
     ところで、まるで嘘のような本当の話になってしまいますが、この番組を見る二日前に、たまたまウナムーノの「生の悲劇的感情」を開いていました。途中でパタン!と閉じてしまったのですが・・・。そうしたら今回です。佐々木さんに「取りて読め!」と言われた気がしています。

  2. fuji-teivo のコメント:

     ウナムーノの読者がおられたとは嬉しいことです。恥ずかしいことに、最近彼の著作を読むことから遠ざかってましたが、これを機会に私もまた彼の世界に戻って行きたいと思いました。どうぞこれからもよろしく。

  3. MU のコメント:

    はじめまして。
    最近貴殿のブログを知り、ここ三ヶ月間の記事を読まさせていただきました。
    内容の殆どの事に共感でき、心地よい文章で、大変興味深かったです。

    しかし、一つだけ残念に思う事があります。それは、小出助教授についての記述です。
    何故ならば、小出氏の、欺瞞とご都合主義に満ちた国や政府や原子力行政に対する姿勢は、明らかに佐々木様と同じものです。
    小出氏は、専門家でありながら原子力を否定する数少ない人物で、学会からも企業からも、干され続け、疎まれ続け、三十年以上も助教授(昔でいう助手)のままです。信じがたい抑圧を受け続けてこられたのです。目立つ所で言論を許される機会などめったになく、事故以前は政府関係者に意見を求められる事などありえませんでした。今回の事でやっと主張を聞いてもらえて、一気にマスメディアへの露出が増えたので、いかがわしく思うお気持ちもわかります。けれど、彼の苦闘ぶりは、佐々木氏が出演された同じNHKで、「熊野の七人衆」というドキュメンタリーで大昔に放送されています。(タイトル違ったら御免なさい)当時、日本で、専門家でありながら、きちんと大声で原子力を批判していたのはその七人だけで、現在は二人くらいだそうです。

    勿論、佐々木氏が、色々な人達に、「葛藤の末に現場で暮らすことを決めた自分達の気持ちを考えろ」と敏感になるお気持ちも重々承知できます。

    原子力・内部被ばく・各国政府と各既存の専門機関の嘘など、他にも言いたい事はまだまだ山のようにあるのですが、全てでは長くなりますので、最後にもう一点だけ言わせて下さい。海外から調査に来てる、例えばECRPに所属するまともな反原発学者達と違って(彼らは合理的ですから、人々に真実を伝えようと努力すると同時に、どんな時にも細心の注意を払って、ほんの少しの内部被ばくからも自分の身を守っています)、小出教授と、あともう一方の、お名前は忘れましたが琉球大学の教授は、原発事故後、何度か現場へ入られていますが、自分達の安全は二の次だと、自らが主張する内部被ばくの限界値はとっくに超えてるはずです。(そもそも、彼らは、放射性物質はほんのわずかでも人間の体内に入ってはならないという主張で、そう考える他の医者や専門家も最近は多いですが)それでも、自分達は専門家だから、命に代えても調査し、できるだけ人々に有益な情報を公開する義務があるのだと言ってます。(私は特に彼らと親しいわけではなく、出来るだけ様々な情報を公平に見渡して判断しています)

    長文失礼致しました。

  4. fuji-teivo のコメント:

     MUさん、初めまして。真摯な書き込み、ありがたく拝読させていただきました。おっしゃること良く分かりますし、その通りだと思います。ただ私の書いていることは、原発問題を科学的に、大局的な視点から正確に分析しようとか、批判しようとしているものでないことはいまさら断わるまでもありません。自分の生きている極々限られた場所から、自分に残された時間の中でどう生くべきか必死に模索しているだけです。だから本当は、あゝ小出さん良くやってくださってるな、と横眼で見ながら、しかし何もコメントせず、自分は自分の生活を何とか立て直そうと頑張っていればいいわけです。先日のように、どうしても何か言わなければならない場面ができてしまうのは避けられないのですが。ときどき冗談めいたことを口走ってはいますが、そして外から見たらなんと気楽に好き放題のことを言ってることよ、と思われるかも知れませんが実は相当に必死なわけで。
     だからここ南相馬にもときどき、真面目に市民の健康を心配して放射線からどのように身を守るべきか、講演に来られる専門家がおられますが(確か数日後にもお一人)、正直聞きに行く元気など自分のどこを探しても見当たりません。
     何度も言ったような気がしますが、彼ら真面目な専門家の言うことを否定したり批判したりする気持ちなど、実際これっぽちもないことだけは確かです。
     しかしともあれ、MUさん、書き込み有難うございます。どうぞ今後ともよろしくお付き合いください。

  5. fuji-teivo のコメント:

    再度MUさんに
    ★追記 先の文章を書いたときは、実は小出氏が誰か思い出せないまま書きましたが、後から思い出しました。確か参議院の小委員会で、厳密に科学的に言うなら、ほんらい福島県には人は住めないはずだといった趣旨の発言をした人ですね。この発言は確かに暴言であり、現に住んでいる人たちに対する非礼な発言ですよ。つまり私たちに対して、本来そこには住めないんですよ、と言っているわけで、たとえ彼が科学者として優れた人だとしても、一人の人間の発言としてはどうかと思います。このあいだも、南相馬の人たちが内部被曝の検査を受けたそうですが、問題のある数値を出した人は一人もいなかったそうですね。
     簡単に言えば、被災地にいる人間からすれば、毎日流される原発関連のニュースは、それこそ放射線と同じ、いや心理的にはそれ以上に有害なものであるということをどうぞ理解してください。被災地の外にいる人には容易には理解できない心理かも知れませんが。
     非常に虫のいい願いかも知れませんが、科学者や専門家や医者は、もし本当に被災地の人たちを思ってくださるなら、黙って、そしてしっかり効果的な手立てを次々と根気よく実行してください、というわけです。いま被災地に起こっていることは、事故に関する引きもきらぬ情報のシャワーの中で、精神的に追い込まれている人が日増しに増えていることです。放射線による実害以上に精神的なストレス禍こそが焦眉の急なのです。科学的に正確かどうかという問題ではないことをどうぞ理解してください。

  6. 宮城奈々絵 のコメント:

    連日の猛暑は12日間連続だそうです。我が家の子供達はこの気温での宿題に音を上げ始めていますが、先生、奥様も、体力消耗されていらっしゃるのでは…。もう少し、気温が下がり過ごし易くなって欲しいものです。
    NHKを見ました。なぜか息をひそめて緊張して放送を待ってしまいました。blogに書かれたように、フワッと映った奥様に手を重ねる先生の手、愛さんの可愛らしい絵と写真、ジワッと涙が出ました。そこには沢山の「愛」と「積み重ねた時間」がありますね。テレビには映らないけど、南相馬の多くの家庭に同じく「人生」があるのだと、胸に痛切に迫ってきました。徐教授のおっしゃってた「根こぎ」の残酷さ、先生が守ろうとされている「LIFE」を実感しました。
    福島の皆さんが幸せな生活をごく普通に送れるまで、目を逸らさず、自分のことのように考え続けたいと思います。

  7. 松崎孝子 のコメント:

    テレビの中の先生と奥様は、当たり前のことなのに、私が存じ上げている先生と奥様でした。
    なぜなんでしょうか、それだけの事に涙がでました。
    5ヶ月間情報に翻弄されて来ました。心も病みました。出口が全く見えません。いったいどう頑張ればいいのかわからないのです。それは進路を決定しなければならない子供達も同じです。
    それでも、テレビでお二人を拝見して、ただそれだけで、まだ大丈夫と思えました。
    嬉しかったです。
    どうぞ書き続けて下さい。
    私もどっこい生きております。

  8. fuji-teivo のコメント:

     慣れない新潟での避難生活、心配しておりました。でも絶対に希望を捨てないでください。私も時おり目の前が暗くなるときがありますが、そんなとき、遠い先のことは見ないようにして、ただただ目の前の事をしっかり見るようにします。つまり自分の足元のこの確かな地盤を、少しずつ少しずつ広げていけばいいんだ、と思うのです。登山のことは知りませんが、きっと優れた登山家はそんな風にして登っていくのではと思います。原発事故のニュースなどめったに見ません。時どーき、必要な情報をちらっと覗くだけです。今目の前にある私の小さな領分、愛する家族がいちばん、その他のことは、たとえ世界全体が崩壊したってそんなこと知るもんか!という気持ちです。
     いろんな人がいろんな忠告をするかも知れません。でも自分が見て考えて感じたことを、自信をもってやり抜きます。
     頑張ってください! いつか必ず愛するあなたの町・小高に帰れます。またあの浮舟文化会館で一緒に島尾敏雄や埴谷雄高、そして小川国夫を読みましょう!

  9. 木下啓子 のコメント:

    徐京殖さんの発信を大切に思っております。今回、「こころの時代」で、徐京殖さんが、福島をどのように考えていらっしゃるのか、知りたくて番組を観させていただきました。そして、はじめて先生の存在を知ることができました。早速、ブログも少し拝見させていただきました。

    <2011 年 8 月 15 日 2:43 PMの再度MUさんに>の発言は、福島の(特に子どもたち、妊婦)の方々の「内部被曝・外部被曝」を危惧し、避難を願い、提言している者として、重く受け止めております。

    「いま被災地に起こっていることは、事故に関する引きもきらぬ情報のシャワーの中で、精神的に追い込まれている人が日増しに増えていることです。放射線による実害以上に精神的なストレス禍こそが焦眉の急なのです。科学的に正確かどうかという問題ではないことをどうぞ理解してください。」
    という言葉は、立ちすくみます。

    「安全です」「問題ない」という発信する政府や東電、学者を恨みます。

    登山家は、確かに、「目の前のことをしっかり見」て山を登ります。
    ただ、登る前に、今この山に登っても大丈夫かどうか、まぜ天候などをしっかり調査し判断しております。そして、登山中も、「目の前のこと」だけでなく、自分の想定外の状況「天候・体調など?」を観て、危険だと判断したら、登山中止を決めるのです。

    先生、相反する、そして、真偽の判断が難しい恐ろしい量の情報に、まず精神が参っておられること、想像するしかありません。この間、郡山のお母さんたちのお話を直に聞くことができました。その時にも、「正しい判断ができる正しい情報がほしい」とおっしゃってました。そして、その方々は、子どもも含め、家族で郡山に留まることを決断され、免疫力をあげるため、少しでも楽しく生活されることを心がけておられるようでした。

    私自身は、小出教授や、児玉教授、肥田先生、矢ヶ崎先生、の提言を受け入れている者です。

    情報に参っておられる先生、科学的に正確かどうかという問題ではない、とおっしゃられる先生に、こういった手紙を差し上げるのも躊躇しておりますが、プリーモ・レーヴィや原民喜を思います・・・。

    こう書きながら、「自分の信じていることの正しさ」を主張しているだけなのだろうか、と悩みつつ・・・。

  10. fuji-teivo のコメント:

     木下さん、人間の言葉は全ての時と場所に普遍的に妥当するものではありませんよ。例えば登山家のたとえは、いま少なくとも放射線からは安全なところに避難されている友人へのささやかな提言なのです。つまり正しい情報であろうと間違った情報であろうと、そんなものに惑わされずに今あなたが手にしている生活の場を一歩一歩登っていっても(生活していっても)いいのでは、という意味です。
     それから何度もここで言っているように、私自身は幸いに初めから情報に撹乱されずに来ました。これからもそのように生きていきます。暑さとかいつまでも収束しない事故処理にウンザリしているだけです。あなたはどこに住まわれておられる方か分かりませんが、私の今まで書いてきたことをどうぞしっかり読んでください。辛うじて安全な生活空間(それは科学的・医学的にも)に生活している者の耳元で、専門家同士でさえ違った、ときには真反対の科学的データを並べ立てることの愚かさに気付くべきだと言ってるだけです。あなた自身はそうではないかも知れませんが、今多くの人が情報の底なし沼に足を取られて、今目の前にある大切な時間を気もそぞろに送っています。あなたはどうですか。
     しかしいまさら断わるまでもありませんが、私はここで原発禍をめぐるフォーラムを開いているわけではありません。もう何年も前から続けているささやかな思索の場に、たまたま降りかかったこのろくでもない事故の火の粉をなんとか振り払おうと悪戦苦闘しているだけです。申しわけないですが議論したり論戦したりする暇も気力もありませんので、どうぞそこんところをよろしく。
     ★正しい事故への対応策を探し、そのための議論をお望みならどうぞ他のところにおいでください。現在このブログを囲んで友情の輪を作っている方々は、実は上に書いたようなことはみんな先刻ご承知済みのことなのです。あなたもこの輪に加わりますか、それともそんな輪になんて近寄りたくもない、とお思いですか。それなら、どうぞご自由に。

  11. 上出 のコメント:

    はじめまして。

    前々から疑問を持っていることがあります。先生とは少し視点が違うと思いますが。

    放射線の件について、なぜ南相馬市が突出して大きく取り上げられるのか、問題視されるのか。
    私も児玉龍彦教授の動画は見ました。政府の無策は事実ですし、政府への怒りも共感しますし、ご主張はもっともなことだとは思うのです。しかし、なぜ、南相馬ばかり問題とするのか。福島市や郡山市の方が相当放射線量が高いことは周知の事実です。
    私は何度か原町のボランティアに参加していますが、行くたびに線量計を持参して、所々を計測します。別に怖いからではなく、政府や大マスコミが信用できないので、自分で確認しようと考えたからです。
    ここ(東京都渋谷)では0・12くらいが常態ですが、福島駅前では0・8~1・0、少し離れた場所では1・5くらいになるところもありました。南相馬市の原ノ町駅前や原町市内の宿泊先は0・2~0・3くらいです。宿の主人から旅館の中庭は放射性物質が蓄積されているから危険だと言われたのですが、計測してみると0・5~0・6くらいでした。この数値でも南相馬市は危険だと言う学者が他にもいますし、事実そうなのかも知れません。しかし、福島市や郡山市が数倍高いことはもう皆が知っていることです。
    6月に原町に行ったときですが、地元紙の報道では、南相馬市から福島市に「避難」した人が約1万人だとありました。なぜ低いところから高いところに「避難」するのか。最初の「輪切り」が影響しているとは思うのですが、福島市が高いことを知っていて、「避難」した人も相当多いようです。タクシーの運転手と話をしていて、その話題になったのですが、そのタクシー会社(原町にあります)の事務員が「わかっていて」福島市に「避難」したとのことで、運転手も不思議がっていました。

    南相馬の子供を避難させる必要があるとすると、福島市や郡山市の子供は先に避難させる必要があるのではないですか。児玉教授は良きことと信じての発言でしょうが、、南相馬にばかり着目している、南相馬が特に危険だと受け取る人も多いのではないでしょうか。

    先日、「ヒューマンライツ・ナウ」という団体が南相馬市の調査報告書を発表しました。南相馬市の実情を報告し、市、県、国に勧告を行ったものです。この中でも児玉教授が南相馬市と共同で除洗作業を行っていることなどが触れられておりましたが、福島市は線量計を配布したのに南相馬市はまだだとの批判的な記述がありました。

    先生も指摘されていますが、先日も南相馬市の市民約900人の内部被ばく検査をしたところ、今後50年間の換算で1ミリシーベルトをわずに超えた人が1名で、ほとんどはそれ以下だったとの報告がありました。それでも危険との意見があるでしょうし、私には何とも言えませんが、そうだとしても、じゃ福島市や郡山市はどうなの?とどうしても疑問がわきます。なぜ南相馬市だけを「狙い撃ち」するのか?

    みなさん、「良かれ」と思っているのでしょうが、「善意」によって、南相馬市は特に危険だとのイメージが定着したのではないでしょうか。「善意」が人を傷つけることもあります。
    実際ボランティアで地元の人と話をしている際、福島市などよりずっと放射線値が低いのになぜ南相馬ばかり危険視するのだと怒っている人が何人かいました。

    最後に、7月24日の原町二中のお祭りのお手伝いをしました。お祭り当日、いっぱいの子供達が来ていましたよ。きゅうりの浅漬けのテントを担当したのですが、いかにもワンパクというような男の子が「チョーウメー!」と喜んでくれました。嬉しかったですねえ。

    それでは失礼いたします。

  12. fuji-teivo のコメント:

    上出さん
     南相馬にボランティアで来てくださったそうで、有難うございます。おっしゃるとおりです。前から言ってきたことですが、本当の被災地の方々には申しわけないほど、南相馬は本当の悲劇(特に津波被害)と、それを大きく上回る喜劇が混在しています。特に今、緊急時避難準備区割り撤廃を前に補助金だか援助金だかが有利になる不利になるという駆け引きがあるようで、これもまた大きな括りでは被災者ではありますが、中にいる人間としてはなんとも複雑というか、はっきりいって情けない申しわけない気持ちです。
     つまり南相馬と言ってもいささか広くて、現に飯舘に近いところや大原など線量の高いところもありますし、警戒区域の人たち(書き込みされた松崎さんなどがそうですが)は今もって避難生活を余儀なくされているわけです。
     要するに南相馬は全ての区域を含み、悲劇と喜劇が混在する町、その意味では象徴的な町なのです。ともかく、これから特に若い世代が復興を目指して頑張るはずなので、どうぞ応援よろしくお願いいたします。

  13. 木下啓子 のコメント:

    申し訳ありませんでした。議論するつもりでは、全くなかったのですが、私自身、南相馬は汚染が厳しい、と思っておりました。私のような「良かれ」と思っての「善意」の発言が、さらに、そこで暮らしている方々を傷つけているということ、お許しください。また、先生の思索の場を荒らしてしまい、申し訳ありませんでした。私自身は、四国に住んで、情報の底なしから、一歩一歩、進むべき道を迷いながら探しているところです。そっと、先生のご発言を読ませていただきます。

  14. fuji-teivo のコメント:

     木下さん、なにか恐がらせてすみませんね。ここに集ってる方々、みなさんとても優しい方ばっかりです。たぶん四国の方は初めてかも知れません。私の大学時代の友だちに四国出身(確か愛媛)のナイスガイ(古っ)がいまして(見てるかー、柴田君、君のことだよー)音信が途絶えていますがときどきどうしてるかなー、と懐かしく思い出しています。つまり温暖な気候の四国には、悪い人は一人もいないと固く信じてるわけです。ともかく、そっとなどと言わず、ときどきおしゃべりに参加してください。ではまた。

  15. rumina のコメント:

    はじめまして。神戸に住んでいるものです。
    NHKの番組、観させていただきました。
    週刊誌でお二人を見たとき、うちの父と母と同じようなかんじと思いまして、
    それからここに毎日のように来るようになりました。
    母が病を患いほとんど車椅子の生活で、この先神戸に何か起きても、
    きっとどこへも行かず、あの家に住んでいるだろうと思います。
    ではまた来ます。

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