明日は大寒

 五日前転倒したとき、やはり無意識裡に腰をひねったのだろうか、今ごろになって腰痛が出てきた。ギックリ腰とどう違うか、と聞かれても返事に窮するが、どうも少し違う。ギックリ腰の時は、とつぜん針を刺されたように腰を動かすことが出来ないのだが、今度の腰痛はともかく腰を動かすことは出来るのである。動かすことはできるが、それにはかなりの痛さがともなう。掛け声をかけなければ、椅子から立ち上がることが出来ないし、相当の痛さを覚悟しなければ歩行も困難なのである。

 その上、左の頬骨の打撲傷・擦過傷の影響がぐるりと目の周辺に広がってきたのである。つまり濃い紫色の帯が目頭まで到達して、ちょうど負け戦のボクサーの顔みたいになってしまったのだ。だから外出のときには真夏に使った濃いめのサングラスを掛けなければならない。
 
 こんな状態なのに買出しにも行くし、食事の準備もするし、二つの町の文化センターのスペイン語の授業も、Eへの日本語の授業も休まないで頑張っている。自分でも偉いなーと思いながら意地を張っている。たぶん意地でも張らなければ、すべてがたがたと崩れていきそうで怖いのかも知れない。
 
 それにしても寒さが骨身にしみる年だ。雪の被害が出ている地方の人たちには怒られそうだが、いったいいつまで寒さが続くのだろう。マイナス3度くらいで震え上がっているのだから、テレビのニュースで報じられた今年マイナス66度のところなど、想像をはるかに越え、考えるだに身震いが止まらない。

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佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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