お百度参り?

 急に寒くなってきた。さんざ迷ったあげく、今日は散歩に出かけないことにした。午後から晴れたと思ったらまた翳ったりして、公園の寒さが思いやられたからだ。昨日行っててよかった。これからは、午後なんて言わないで、暖かかったら午前中でも行くようにしよう。昼を過ぎると、それこそ釣瓶落としに日没がやってくる。
 
 ところで昨日、その公園で見た一つの光景が目に焼き付いて、嫌な感じがなかなか消えなかった。というのは、いつもの通りベンチでかなりのんびり過ごしたあと(美子も気持ち良さそうだった)、坂道を降り始めようとすると、一人の痩せた顔色の悪い老女がマスクをつけて登ってきたかと思うと、目の前で挨拶もせずまたくるりと背を向けて降りてゆく。帰るのかなと思うと、今度は下でまた向きを変えて登ってくる。ここは神社じゃないが、明らかにお百度参りみたいに必死な形相で運動をしているらしい。
 
 このごろはマスクをつけた人には滅多にお目にかからないが、昨日は上のロータリーで三人ほど見かけ、帰り際にまたお百度参りのおばあちゃんに出会ったわけだ。そういう人に会ったとき、「花粉症ですか? そうでなかったらマスク取った方が体にいいですよ」と言いたくなるのを辛うじて踏みとどまっている。
 
 お百度参りの老女も、たぶん家の人から、散歩に行くならマスクを付けて行けよ、などと言われたのかも知れない。しかしどう考えても、間違っている。マスク着用によっていったい何から身を守ろうとしているのか。マスク着用だけならまだいい。しかしここ数日イヤになるほど書いてきたので、もう繰り返したくないはないが、過剰な脅威論によってどれだけの悪影響が出ていることか。
 
 これから寒さが日々厳しくなっていく。いまだ避難生活を続けている人たち、とりわけ私よりも年上の老人たち、が住み慣れた古里を離れて厳しい冬を迎えようとしている。アリソン教授が主張するように、避難民全員の帰宅は無理としてもおよそ半分の避難民、いや少なくとも2~3割の老人たちだけでもいい、警戒地域に指定されていても比較的線量の低いところには、帰すべきではないか。
 
 もしも私たち夫婦が警戒地域にいたとしたらどうなっていただろう、と考えるときがある。おそらく官憲と争ってでも帰宅していたに違いない。それが法を犯すことになるの? いったい誰の迷惑になるの? いや私が知らないだけで、そんな気骨のある老人たち(もっと若い人でも)がいるのかも知れない。ただ事が面倒になるのを恐れてそっと黙認しているだけなのかも知れない。
 
 それにしても極端な脅威説そしてそれを推奨してきた人たちの罪は重い。と言ってそれは残念ながら(?)法的な罪ではないし、道義的な罪とも言えないかも知れない。しかしそうであっても、意図せぬ結果としてどれだけの実害(死者、自殺者、肉体的・精神的疾患に見舞われた人、離散を余儀なくされた家族…)、いやいや数えたくもない、もうこの話はしたくない。
 
 結果が出るのはまだまだ先のことだが、私の大胆な予想では、二人のKさんをはじめこれまで散々脅威説を喧伝してきた人たちの声は次第にトーンダウンし、いずれ自分たちの馬鹿騒ぎ(空騒ぎ?)を恥ずかしく思うときがきっと来ると思っている。昨日だかチラっとどこかのサイトで見たことだが、脅威説を縷々述べた頁の最後あたりに、以上のべた事が必ず招来すると言っているわけではありません、判断は各自におまかせします、といったような内容の但し書きが添えられていた。 
 
 今はタバコを吸わないので実際の表記がどうなっているのか分からないが、そのうち極端な脅威説もタバコの箱のように、「以上の見解は過度に信じると健康に害になります」なんて言葉を付けなきゃならなくなるんとちゃう? いやきっとそうなると思うよ。
 
 なーんて今日は夜の森公園のことを思い出して少し気分が悪く、思わず言わずもがなのことを書いてしまったが、今さら考えてみるまでもなく今日は長野のどこかで、四半世紀ぶりの親子対面が実現した記念すべき日だった。そちらの方のことを考えて、嫌な思い出を吹き払おうっと。

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佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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3 Responses to お百度参り?

  1. 宮城奈々絵 のコメント:

     昨日は今までで一番冷えた日となりました。ぐんと寒さが迫って来ています。先生、奥様、風邪など引かれませんように…。
     先日、息子のクラスメートのお母さんが亡くなるという悲しい事がありました。2年前から闘病されていたそうですが、亡くなるまで全然わからなかったです…。東北の地元の小学校へ持ってく学用品を子供会を通じてたくさん集めて下さった優しい方でした。まだ幼い一人娘を残して先に逝かなければならなかった気持ちと母を想う子の気持ちを考えると切なく、哀しく、ここ数日泣いてばかりいます。
     そんな中なので、澤井さんが親子の対面を果たし、全身、全霊、全心でお互いを実感し合っているだろうな…と考えることは、本当に心が暖かくなります。沢山沢山、幸せを感じて欲しいな…と勝手ながら思い、コメントを楽しみに待っています。
     先生は「今をしっかり生きる」ことを何度も私たちに教えて下さいました。その「生きる」中に、出会った方々との縁を大切にすることも含まれていますね…。先生がそうされているのがblogを読んでいると心に深々と感じます。
     私はまだまだ、そこが欠けています。彼女が亡くなる前にもっとちゃんと向き合って、心からの感謝を伝えたかったです。彼女が亡くなって初めて「あの子供会の分の大量の学用品は実は彼女が集めたのよ」と知らされたのです。ご自分の働きを周りに吹聴したりせず、こっそりと良いことをされる…そういう方でした。
     あちこちでそのようにされていたのでしょう、お通夜には会場の外まで彼女を慕う人で溢れかえり、涙に包まれていました。
     いつ、どこで別れがあるか分からない…と実感しつつ、いつ、どこで奇跡的な出会いがあるか分からない…とblogの輝跡から学びました。人生というものは本当に読めないものですね…。
     出来たら嬉しいことが多いほうが良いけれど、哀しみも受け入れて、それでも前を向いて一歩、一歩歩いて行ける人になっていきたい…と受講生の一人として、そう思っています。

  2. 宮城奈々絵 のコメント:

    先生、先生のblogに出会えたことは私の中でも奇跡です。澤井さんとJrさんの再会をここで見守ることが出来て、心から感謝してます。
    澤井さん、本当におめでとうございます!Jrさんの記述に、澤井さんの姿をちょっと想像出来て、クスッと笑ってしまいました。
    Jrさん、おめでとうございます!沢山のことを乗り越えたであろうJrさんの優しさに学ぶことが多いです。お母様の言葉、素敵ですね。私も忘れずにいたいです。
    哀しみの涙に赤くなっていた目も、今日は嬉し涙で真っ赤です。心も温かで、寒さも吹き飛びます。
    まるで父親のような、先生の愛に触れながら、明日からまた元気になれそうです。また明日を楽しみにしています。

  3. beautiful sky のコメント:

     この数日は札幌もお天気に恵まれ、とても綺麗なお月様が輝いていました。今は少し隠れていますが、先ほど見えた月を見て娘が、「うさぎさん見える?外国では魔女とか、違うものに見えるんだって!」と、テレビから仕入れたであろう情報を、得意げに話していました。信州の月も、福島の月も、避難先での月も、雲で隠れている月も、このブログをご覧の皆様には、とても輝いて見えたことと思います。
     ソラにはツキがあるんですね。ツキ=運でもありますが、「運」という言葉を手元の電子辞書で引いてみると、人の力ではどうにもならない成り行き。巡り合わせ。とありました。この奇跡の中で、まさにキーワードのようです。
     3.11からちょうど8ヶ月経ちました。地震や津波は、人の力ではどうにもならなかったことかもしれません。でも原発は違います。人の力でどうにでもできるものであり、どうにかしなければならない物ですね。奈々絵さん、多分私と同じ位の年だと思います。近い将来お会いして、子供の話やくだらない話をしながら、楽しい時間を一緒に過ごせたら、と思います。「エメマ」を飲みながら・・。

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