嗚呼、八木沢峠を写真と音楽にのせて

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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10 Responses to 嗚呼、八木沢峠を写真と音楽にのせて

  1. エトワール のコメント:

    素晴らしい曲ですね。何回も繰り返し拝聴しました。スペインのアルベニスやグラナドスの曲だといっても違和感のないようなよい曲だと思います。菅さんは、ベートーヴェンの交響曲第9番リスト編曲ピアノ版の全曲演奏がよく知られているピアニストですが、こんな清楚な素晴らしいオリジナル曲を作られていることは、知りませんでした。とても素晴らしいと思います。

  2. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    ユーチューブにアップして
     わがブログの若い管理人・S君の神業(と私には思える)で、菅さんの素晴らしい曲がたくさんの人に紹介できて、本当に嬉しく思ってます。往復書簡が交わされた当時の写真六葉は私が選んだものですが、実は最後の写真は佐藤君独自の判断によるものです。急に最近の写真が出てきてびっくりする人もいるでしょうが、しかし私はこの選択に脱帽しました。これが最後に来ることによって、若い二人の恋のその後の顛末が暗示されているからです。
     たくさんの方からメールをいただき、皆さんもこの曲に感動されておられることを知って、とても嬉しいです。初めての経験ですが、写真や曲の中の若い私たちは、今の私たちにとってもはや手の届かない距離にあり、自分でありながら自分ではない不思議な存在になってしまいました。だから恥ずかしさをすぐ払拭することが出来ました。
     皆さんからの感想を全部ご紹介したいのですが、私自身気付かずにいたことを教えられたという意味でぜひ次の四つをご紹介したいと思います。

     「奥様が先生との巡り会いの嬉しさのなかにもやさしく不安げに問いかけていらっしゃるようにミレミドミファソラレドレの主旋律が聞こえます。 その旋律と同じ音で先生が頼もしくミミミミレドシラ・ミ<大丈夫だよ>とおっしゃっているように聞こえます。」(秋山ユイコさん)

     「佐々木さんと美子さん、ご家族の愛情の深さ強さを感じる2分37秒でした。同時に原発という<戦争>に対する、強い<反戦>の思いを感じました。」(岩本茂之さん)

     「美しく、繊細で、哀しく、温かい愛が伝わってくるすばらしい曲だと感銘を受けました。特に2分くらいから聞こえてくる高い音の調べに胸を打たれました。」(広部潤さん)

     「どこか雪融けの清流を思わせるような凛とした美しさと、潔さと、生きる悲しみをたたえながら、その向こうに春の訪れをも感じさせる音楽に思えました。」(田渕英生さん)

  3. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    Eさん、Tさん、それにSさんにSさん、いつも書き込みありがとうございます。このところ「先生」はちょっとサボってますが、元気のいい皆さんのおかげで教室の中が賑やかで嬉しいことです。ところでその「先生」、S君にまたまたこんな話を持ちかけています。「先生」も元気がないと言いながらなかなかの「仕掛け屋」でスンマソン。

    「相馬のある友人が<原発難民行進曲>に感動して、電話口に歌詞を置いて、電話が来るたびに歌って聞かせたところ、秋田の友人が今度すぐ前にある秋田大学の学生たちにも伝えると張り切っているそうです。
     そこで夢物語です。この「行進曲」を今度の被災地の映像と一緒に、楽器演奏と歌、いや少なくとも曲だけでもバックに歌詞を流したら、間違いなくヒットするでしょう。問題は「麦と兵隊」の著作権ですが、これも営利目的でなければクリアできるのでは?
     ピアノ演奏とか歌は、菅さんに頼み込めば何とかなると思いますが。どうです、S君プロデュースしてみては?」
    (あとは呵呵大笑!、仕上げをごろうじろ!)

  4. エトワール のコメント:

    替え唄の著作権問題は、大変興味深いテーマだと思います。

    著作権保護期間は、ベルヌ条約加盟国においては、著作者の没年の翌年の1月1日から50年間著作権を保護しなくてはならないことになっています。日本は1899年にベルヌ条約に加盟しています。よって、「麦と兵隊」は、作詞家藤田まさと氏の没年月日1982年8月16日ですので、詩は、2033年解禁となります。また、作曲家大村能章氏の没年月日1962年1月23日ですので、曲は、2013年解禁となります。

    替え歌は以前から存在した歌のパロディですので、著作権法上二次的著作物という扱いになり、著作権問題が発生するというのが現在の定説です。日本音楽著作権協会(JASRAC)等の著作権管理団体では、翻案権・同一性保持権の管理は行っていませんので、日本音楽著作権協会へお金を払うことでは問題解決しません。替え歌を公に発表するときには権利者の許可を直接得る必要があります。数々の替え歌を創作している嘉門達夫氏は、ライブで歌ったり、CDリリースする場合には元曲の作詞・作曲者と歌唱者、さらに替え歌の歌詞の中に実在の人物の名前が出る時にはその人物にも許可を取っているそうです。

    フランスでは、著作権法第122条の5(4)項(いわゆるパロディ条項)にて、「パロディは著作権侵害ではない」と明文規定されています。そのため、風刺の国フランスでは、替え歌やパロディはやりたい放題なわけです。日本でのパロディに対する著作権侵害が問われた判例としては、1971年、写真家の白川義員氏が、自作の雪山写真を素材として自動車公害を揶揄するパロディ作品を作り上げたマッド・アマノ氏のフォトモンタージュを、自作に対する著作権侵害として提訴したパロディ事件が有名です。学生の頃、この事件について興味があり、少し調べたことがありました。日本の著作権法では「著作権の制限」の中にパロディが含まれていないことを根拠として、マッド・アマノ氏側は「引用として許容される」と主張し、これを受けた最高裁判所は、昭和55年3月28日「引用の条件」を示しました。この裁判は2度にわたって最高裁から差し戻され、1987年に白川義員氏の主張を一部認める形で和解が成立しています。この判例に基づき、日本では、フランスと違いパロディはお代がかかるということになってしまったわけです。

    解法としましては、日本音楽著作権協会へ「麦と兵隊」の作詞・作曲の著作権者を照会されて、権利者へ直接書簡等で許可を取り付けるのがよろしいのではないかと思います。ただ、「麦と兵隊」は、憂国の士(エトワールは、一般にいわれるところの右翼をこう呼ぶことにしています)に大変人気があり、もしかすると物言いがあるかもしれません。その点が少し心配です。

  5. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    さすがエトワールさん、いろんなことに詳しいですね。
     いままでも度々著作権(意匠)問題やプライバシー問題に触れて言ってきたように、独り日本だけでなくアメリカを中心とする世界の状勢はそれらに関して少し行き過ていると思ってます。つまり教育問題を例にとれば、一部の問題児に合わせてやたら規則を作って、他の良質(?)の生徒たちをも無気力地獄に落とし込んでいるようなところがある、と考えています。
     巨視的に見れば、独創性とか個性と言われるものさえ、長い人類史の流れから見れば、これすべて引用・模倣、時には剽窃に過ぎません。
     と、ここで大きな問題を論じるつもりはなかったのですが、とにかく面倒臭い世の中になっていることは確かですね。そこでご相談です、エトワールさん、ここで一肌脱いでいただくわけにはまいりませんか。つまり実務的なことはS君(現在八王寺で南相馬からの避難者たちのために奔走中)がやってくれますので、著作権に関するアドバイザーとしてお知恵をお借りすることはできませんか?
     たぶんこれを読んでくださっている多くの皆さんもそう願っているに相違ないと思いますので、どうぞよろしくお願いいたします。言うまでもありませんが、最終的な責任は私にありますので、必要とあらばいつでも「出陣」しますから。

  6. エトワール のコメント:

    やってみます。

    オルテガが、「私は私と私の環境である」といっていた頃に比べ、「私の環境」は、世界的に、ひどく狭苦しく劣化しているのではないかと思います。個人情報保護法のために、様々な企業で、郵便の出し間違いが、重犯罪のように取り扱われている現実は、その象徴のように思います。若い頃、埴谷雄高氏が、なぜ、nobody、nowhereの場所から「死霊」をスタートさせたかったのか、このことをずっと考えてきましたが、最近になって、ようやく少しだけ、分かってきたような気がしています。著作権問題の背景には、知的財産の商品化の問題があり、世の俗称マルクス経済学者は、もっとこの点を理論的に解明し、問題点を明確にしていくべきなのですが、講座派、労農派、宇野派(この分類も古くなりました)ともに、いくらかの論説は目にしますが、しっかりとした原理論レベルでの批判は、あまり目にしていません。もっとも、古典レベルで考えれば、直近の作者死後50年の知的財産に、さほど優れたものがあるとは思えませんし、さらに、ポジティブに考えれば、人類の英知、古典は使い放題とのお墨付きを与えているベルヌ条約は、大変な妙約ともいえるのかもしれません。例えば最近だと、「どんぐりころころ」「とんび」を作曲した梁田貞氏(1959年没)の作品は、2010年に解禁になっています。文字どおり「みんなの歌」になったわけです。近い将来(とはいっても100年以上先だと思いますが)、偉大な20世紀に作られた知的財産は、すべて著作権解禁になるわけです。「私は私と私の環境である」のテーゼは、「私の環境」を改善することの価値を説いたすばらしい命題です。こんなことは、長い歴史の中で、確実に改善され、より自由度の高い世界が、現出するはずなので、今は、その方向性への働きかけを少しづつでも根気よく続けていくのがよろしいかと思慮しております。

  7. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    さっそくの有難いお言葉、かたじけない。よろしくお願いいたします。
    さあーて、このブログに集う皆さんがこうして力を合わせていけば、この世知辛い、非人間的で没個性的な世の中を、少しはより温かで血の通った、そして真に創造的で、それぞれの個性が光り輝く方向へと一歩先へ進めることが出来るかも知れませんね。
     幸いに社会的にもかなり影響力のある立場におられる方々が、このブログを、皆さんの発言を読んでくださっています。有難いことです。皆さーん、勇気を持って元気に頑張っていきましょう!

  8. エトワール のコメント:

    取り急ぎ、JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)へ確認した結果です。「麦と兵隊」の著作権について分かったことは次のとおりです。

    作品コードは 085-0006-1です。作詞の著作権者は、藤田まさと氏でJASRACへ全信託されています。作曲の全信託は大村能章氏でJASRACへ全信託されています。また、出版者は、曲のみ全音楽譜出版社が、著作権者でJASRACへ全信託されています。

    まったく同名の曲で、原嘉章:作詞、古関裕而:作曲の曲も著作権も登録されていますが、昭和14年に作られた別の歌であることをyou tubeで確認しました。もう一つ、まったく同名の曲で、佐々木俊一:作曲の曲も以前著作権登録されていましたが、今は、著作権が消滅していることをJASRACに確認しました。これらは問題ないと思います。

    JASRACへ、歌詞を翻訳したり、変形したりする場合でも、JASRACの許諾や手続きが必要なのか念のため、確認しました。回答は次のとおりでした。(ほぼ、予想通りの回答です。)

    楽曲を編曲・訳詞する場合は、事前に著作者の許諾を得ることが必要です。このことは、著作権法の27条で「著作者は、その著作物を翻訳し、編曲し、若しくは変形し、又は脚色し、映画化し、その他翻案する権利を専有する。」と定められています。しかしながら、JASRACはこの条文に定める権利の委託を受けていないため、楽曲を編曲・訳詞する場合は、音楽出版者を通じるなどして、著作者に直接同意を得ていただいたうえで、利用方法に応じてJASRACに手続きをしていただくことになります。また、編曲(訳詞)作品をご利用いただく場合は、原曲(原詞)の著作権が消滅していても、編曲者(訳詞者)の著作権に基づいて、手続きが必要となることがありますのでご注意ください。

    とのことです。

    また、「麦と兵隊」の著作権継承者について照会可能かJASRACへ問い合わせています。(こちらは回答まで少し時間がかると思います。)

    手順として、藤田まさと氏の著作権継承者、大村能章氏の著作権継承者、全音楽譜出版社(ここの許諾も受ける必要があるのではないかと思います)の許諾を受けて、その後にJASRACへ手続きについて相談し、手続きをすれば完了となります。藤田まさと氏と大村能章氏の著作権継承者についてJASRACが任意に情報を開示してくれればよいのですが、この点が非開示となると、先は、難しそうです。NPO法人と異なり、一般社団法人には、情報公開制度がありませんので、強制的に開示を求めるとすれば、請求訴訟以外道はありません。また、著作権継承者の連絡先が分かった場合でも、許諾してもらえなければ、あきらめざるを得ないと思います。

    とりあえず、今日は、ここまで進めてみました。

  9. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    もの凄いスピードで、ただただ感嘆あるのみです。一時期、市役所などで「すぐやる課」というのができて話題になりましたが、今はどうなっているのでしょうか。それはともかく、あとは替え歌の作詞も被災者、目的もできるだけ多くの被災者を元気付けるため、という大義名分(?)で拝み倒す(とは変な言葉ですが)しかありませんね。よろしくよろしくお願いいたします。申請その他手続きを進める過程で私の名前やら住所・電話、印鑑証明(?)など必要がありましたら喜んでお知らせしますので、その節は本ホームページにあります小生へのメール欄をご利用いただければ幸いです。よろしくお願いいたします。

  10. エトワール のコメント:

    本日、JASRAC(一般社団法人日本音楽著作権協会)と全音楽譜出版社と交渉した結果、「麦と兵隊」の作詞著作権継承者への連絡先が判明しました。また、曲についても交渉先が判明しました。詳細は、個人情報も含まれますので、佐々木先生へ後ほど、メールで結果報告させていただきます。JASRACも、全音楽譜出版社も、事情をよく聞いてくれて、真摯に対応してくれました。とりあえず許諾交渉ができるところまで行きつけてよかったと思っています。

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