もう一つの別れ

拝復

 お手紙拝見しました。苦心のご文章、返事が遅延したことの理由が良く分かる文面でした。つまりどうすれば自分たちの姿勢を正当化できるか、と知恵を絞って出来上がった彫琢の文章であることがありありと分かるお手紙でした。
 
 ちょっと前に理事長と学長からの丁重なるお便りがありました。そちらの方には「先生よりいただいたご助言を深く受け止め、R会に先生の思いを伝えてまいります」とあり、あゝこちらの苦言をまともに受け取っていただけたかと嬉しく思っておりました。しかし今日のあなたからのお手紙を読んで、それが早とちりだったことがよく分かりました。
 
 要するにすこぶる丁寧慇懃な言葉遣いとは裏腹に、自分たちの流儀を変える意思など毛頭ないという意思表示、一退職教師からの忠言など意に介さず、これからも世々に至るまで<ペル・オムニア・セクラ・セクロールム>自分たちの流儀を固守しますとの高らかな宣言であるということです。
 
 前便で「退職された先生から」というコーナーはその年に辞められた先生方のコーナーであることは先刻承知していますが、と念を押すのを忘れましたが、案の定、そのことも正当化の理由の一つに挙げておられます。3.11があらゆる既定概念・様式再検討ための絶好の機会であると捉えている「被災者」から見れば、なんとも意固地で頑なな姿勢よ、とほとほと感じ入っております。
 
 残り少ない私の人生で、以後あなた方と付き合うことはないと思いますが、…いま最後に何か言おうとしましたが、私のささやかな提言がまったく意味をなさなかったことを思い返して、あわてて言葉を呑み込みました。
 
 実は理事長、学長にお礼のお返事を差し上げようと思っていましたが、今回のあなたのお手紙を読んで、その気持ちも消え失せてしまいました。どうぞこの手紙をお二方にもお見せください。以上、貴会のますますの発展と覚醒を願いつつ、これをもって私の最後のお願い、そしてお別れの言葉とさせていただきます。お元気で!
                               佐々木 孝
      一月二十八日 

R会会長 Y・I様

 追伸 私のブログの読者も、先日来のやりとりに深い関心を持っていますので、もちろんすべて匿名扱いにしますが、私のブログにこの手紙を掲載させていただきます。S大の卒業生も多数いますので、今回のこの結末を残念に思うでしょうが、価値観の相違、これだけはどうにもなりませんね。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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7 Responses to もう一つの別れ

  1. beautiful sky のコメント:

    佐々木先生はじめ皆様、お気遣いいただきながらご無沙汰して申し訳ありません。

    今日、無事に飛行機が北海道の地へ到着いたしました。
    少し整理させていただきますと、主人Jrは、長野へ単身赴任中のため、今日お会いすることができたのは、私と二人の子供たち、そして主人の妹とその子供一人です。
    私は初めましてでしたが、再びの親子の再会の場に私が居合わせることができたのは、このブログ(広場)のおかげであり、とても光栄に思います。何より本当に元気な様子で、私たちも少し安心しました。

    長い年月を経ての再会も、新たな出会いも、笑顔で溢れていました。

    人生が一つの物語だとしたら、その物語の中で、自分という登場人物はどんな役割を果たすのかと考えたら、とても怖いと思うことがあります。自分の何気ない言動が、その人の物語に思いがけず大きな影響を与えてしまったり、逆に自分の物語では、自分が主人公なのだから、自分にとって嫌な人の存在は、役名もないエキストラの通行人だと思い込もうとしたり、そんなことをあれやこれやと考えていたら、人と関わることから目をそむけたくもなりますが、先生が日々闘っている姿を通して、多くのことを学ばさせていただいています。
    少なくとも、途中参加の登場人物の私が知り得ない過去を知る多くの人たちが、この奇跡を心から喜び、感謝していることに、改めて御礼申し上げます。

  2. エトワール のコメント:

    「別れ」は、時として新しい生の始まりになることがあるのではないかと思います。

    エトワールの考えでは、1980年代以降に活躍した国内の作家で、歴史的かつ世界史的に見て、高く評価できる者は、あまりいないのではないかと思います。それでも、村上春樹と宮本輝の二人には、数は少ないですが、いくつかの優れた作品があるのではないかと思います。村上春樹の「ノルウェイの森」は、単行本の発行部数上巻・下巻合計で450万部を超え、単行本・文庫本合計の日本における発行部数は1000万部を超えています。片山恭一の「世界の中心で、愛をさけぶ」に抜かれるまで、上巻は単行本の発行部数日本一でした。宮本輝の「錦繍」も、単行本・文庫本で125万部を超え、今も売れ続けています。

    「ノルウェイの森」、「錦繍」ともに「別れ」をきっかけにした再生をテーマにした小説です。

    富士貞房と猫たちの部屋研究室の貞房文庫内には、1980年代以降に活躍した小説家の本は、あまりありません。それでも、例外的に村上春樹、宮本輝、吉本ばななの3人の本は、まとまった数の書籍(「錦繍」はありませんでした。)が保管されています。

    機会がありましたら、村上春樹、宮本輝、吉本ばななの作品の佐々木先生の評価など
    うかがえればと思っています。この三人は、1960年代以降の世代には、広く指示されていると思います。遠藤周作、島尾敏雄、曽野綾子、埴谷雄高、有吉佐和子、吉野せいなどの1960年代から1970年代にかけて活躍した優れた作家についての評論は、富士貞房と猫たちの部屋研究室の佐々木孝評論集に掲載されています。それ以降の作品についての評論も、簡素なものでもかまいませんので是非拝見したいと思う次第です。

    ロベール・アンリコ監督のフランス映画「冒険者たち」に登場するマヌー、ローラン、レティシアの3人の冒険者は、3人ともまるでドンキホーテのような感じですが、この映画が、人々の心を強く打つのは、3人のひたすらに前向きな姿なのではないかと思います。

  3. 阿部修義 のコメント:

    「価値観」の相違。ここを私なりに少し考えてみますと、R会は論理的発想に基づいて全て割り切って物事を決めていますが、先生は情理、道理に照らして実生活、実社会の変化を考慮し、人間としての良心に基づいた発想をしていると思います。論理的発想の落とし穴は、物事を抽象化、記号化して考えると、例えばA=B、B=CならA=Cは成り立ちますが、具体的事物で考えると、犬は動物、猫は動物、ゆえに犬は猫にはなりません。先生の言われた「価値観」の相違はここにあるように思います。

  4. kodaka junko のコメント:

    田代先生を検索しましたところ、このサイトに巡り会い、先生の亡くなったことを知りました。先生が浪江高校の地学の教師をしていたころ、担任の先生ではないのにもかかわらず、たいへん、よくして頂きました。先生に頂いた、岩波文庫の桑原武夫著「一日一言。人類の知恵」という本が今も私の元にあります。なぜ、この本を頂いたのかはよくはわかりません。先生は高校の地学の教師というよりも人格者であったように思います。地学の授業は退屈でしたが、先生は、火事になった時の身の守り方とかそういうことをよく教えてくれたという記憶があります。大震災以降、この本が押入れの中から出てきまして、また、先生を懐かしく思い出され、検索をしてみました。このサイトを見て、みんなに親しまれた先生であったのだと思い、偲ばれます。

  5. マツモトキミコ のコメント:

    昨年先生が雑誌に「妻といつまでもここに残る」ということを発表されて以来、たびたび
    先生の「モノロゴス」を読ませていただいています。 カトリックの修道女であり、かつて
    11年ほどペルーで生活したことがあります。 先生のモノロゴスはとても魅力的です。
    正直に「今、ここで」起こっていること」 心の中で起こっていることも含めてそのまま
    書いてくださるから、自分の心を見透かされているような気にもなります。 一度お伺いして
    お話ししたい、と願っております。 ちなみに妹はS大学のスペイン語科で先生にお習い
    したとか。 彼女は私より熱心な「モノロゴス」の読者です。 何の宗教を信じるかより
    人間そのものを大事にしたい、私にとって 「カトリックか?プロテスタントか?何を
    信じているか?」ということを「付き合い始めた瞬間から問い詰めていくような姿勢を示す」
    ペルーの教会ではかなり疲れました。 3月ごろ相馬を訪問する予定です。 帰りに寄らせて
    いただいてもよろしいでしょうか? 
    奥様の 美子さんにお会いしたいです。 母が97歳で  入退院を繰り返し、いまは
    自宅と近くの施設を往復しています。 母の中にうごめく「いのちの営み」に日々圧倒されて
    います。 零下の日々でしょう。 どうぞお体お大事になさってください。
             幼きイエス会 (Hermanas del Nino Jesus)  松本 公子 東京在住

  6. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    マツモトキミコ様
     とても嬉しい書き込み、ありがとうございました。嬉しいと書きましたが、とても懐かしくとも感じました。この十年あまり修道女とお話する機会がなかったからでもありますが、しかしそれよりもかつて私自身がその道を歩いていたころのことが、走馬灯のように蘇ってきたからでもあります。
     貴会についてはなに一つ知りませんでしたが、イエスを正式名に選んでいることに先ず驚き、そして敬意を覚えました。大昔、プロテスタントの方々が「イエス」と言っているだけで、「イエズス」と呼ぶ自分たちの方が正統だと密かに誇っていたことを懐かしく思い出したりしました。それに教会から離れた人に対して何の偏見もなく、しかもご自分の身元を堂々と明かして近づいていただいたことに感動しています(カトリックの信者さん以外には少し分かりにくい風潮ですね)。
     ともかくお互いの立場に対して最大限の敬意と親しみを保ちながら付き合ってくださる方に出会えて、本当に嬉しく思います。どうぞこれからぜひお友達になってください。初めから手の内を見せるというのが私の基本的な姿勢なので、申し上げますが、カトリックの神父である兄にもそう思っていることですが、どうか最後まで自信と喜びを持って自分の選んだ道を進んでください、私もまた自分の道を進みます。でもお互い、助け合い励まし合って生きて行きたいです、と。
     三月、ぜひぜひ拙宅にお寄りください。美子にもぜひ会ってやってください。
     ホームページの方に私宛ての個人的なメールの入り口がありますので、その方もどうぞご自由にお使いください。先ずは取り急ぎお返事まで。妹さんにもどうぞよろしくお伝えください。
     

  7. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    kodaka junko様
     そうですか浪江高校時代の教え子さんですか。二年ほど前の夏、家内の入院に付き添って病院生活をしていたとき、田代先生のことを懐かしく思い出しました。そこにも書きましたが、家内とお宅に伺ったときのことも、今では懐かしい思い出になってしまいました。避難生活をされているのでしょうか、どうぞお元気に、いつか帰れることを信じて頑張ってください。

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