急転直下

三日前、いや、いま日付が変わったからもう四日前になるが、家族内のことで大変化が起こったのだが、しかしばたばたしていて、まだその新事態に頭の方で対応していないようだ。変化自体はめでたいことなので、そして長い間夢見てきたことなので、大喜びしなければならないのだが…
 昨日、I 市の姉のところにバッパさんを迎えに行った。途中、大熊に寄ったが、いつもは午後からの訪問なのでウメさんびっくりしたようだ。しかし、孫娘の婚約の話でびっくりしてからまだ三週間と経っていないのに立て続けのこのめでたい知らせに、心底喜んでくれた。ケアさんたちによくしてもらってはいるが、ほとんどの時間はベッドでうとうとしている毎日。少しぼんやりしてはいるが、多分つまらない毎日にちがいない。それがここにきて、すでに曾孫誕生が確実になったのだ。なにがなんでも曾孫の顔を見るまで頑張ろうと思ったにちがいない。
 今日は午後から Y さんが Y 君をアシスタントにして ADSL の切り替え工事をしてくれた。実際に使えるようになるのは明後日からだが、そのための準備をしてくれたのだ。いちばん大変だったのは、二階と下のパソコンを繋げるため、二階の床に穴を開け、下の天井へコードを出す工事だった。つまり、床板と天井板との間が40センチほどあるので、垂らしたコードを下で探り当てるのが難しかったからだ。終わったのが夜の7時半、ご苦労さん。Y さんとは初対面だったが、これから Medios クラブがいろいろお世話になる方だと思う。
 ところでもう一つ大事なことを書き忘れた。『人間学紀要』の発行を年が明けてからのことにしたことである。H 氏の原稿が遅れていることがいちばんの理由でここまで延びてしまったが、いっそ延ばしついでに、新しい友人たちと計画していることも報告することにしようと思ったのだ。具体的には、彼ら三人にも原稿を書いてもらうことにしたのだ。

佐々木 孝 について

日本のスペイン思想研究者。1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。6年間の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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