犬が星見た

 相変わらず古本蘇生作業が止まらない。いつか飽きて、あるいは疲れて止めるまで、当分続きそうだ。そんな折、そのうち美子専用の本棚を作ってやろうか、などど漠然と考えている。いや新しい本棚を作ると言うのではなく、どれか一つ、美子の本のために場所を空けようか、と考えてるいるだけだが。
 
 美子の愛読した森茉莉や武田百合子、そして飛行機事故で亡くなった…そう、向田邦子の本だけでなく、美子の卒論のテーマであったT.S.エリオットのものなどを一緒にしてやろうか、などどと考えているのだ。最後のエリオットの翻訳全集などは読めるうちに買ってやればよかったと思いながら求めたもので、つまり認知症にならなかったらとうぜん喜んで読んだであろう本で、そういう意味ではこのところアマゾンから買っている武田花さんのフォトエッセイも、美子が大喜びしそうな本である。

 花さんなどと気安く呼んでしまったが、たぶん美子もそう呼んだに違いない。武田泰淳と百合子さんの一人娘の花さんである。娘さんとは言ったが、1951年生まれだから、いつの間にか彼女も還暦を過ぎたわけだ。でも一度もお会いしたことはない。百合子さんとは島尾敏雄さんを偲ぶ会でお会いして、その時一緒に撮った写真は美子の宝物となった。ともかく美子にとって『富士日記』は聖書みたいなもので、何度読み返したことだろう。彼女の本が出ると飛びつくように買ったものだ。

 いま読んでいる花さんの本は、いちばん最近のものと思われる『犬の足あと 猫のひげ』(中公文庫、2010年)と『仏壇におはぎ』(角川春樹事務所、2004年)だが、とにかく写真も素晴らしいがエッセイもとびきり面白く、美子が大喜びしたであろう2冊である。路地裏の猫や縁側に干された大根など、何の変哲もない光景を撮った白黒の写真だが、自分の魂の奥底にもそれと同じ光景があったと感じさせるような、不思議な映像であり、見ているだけで涙が出てきそうになるほど懐かしい思いがこみ上げてくる。

 文章がまたいい。驚いたのは、母娘とは言え花さんが百合子さんの生まれ変わりではないかと思わせるほど似ていることだ。ものの捉え方、反応が百合子さんにそっくり。道の真ん中でしゃがみこんで、まぶしそうにこちらを見ている百合子さんの写真があったと思うが、まさにそのアングル、その眼差しまでがそっくり。つまり星を見上げる犬の天衣無縫さを思わせるところなど、見事なまでに瓜二つなのだ。そう、完全無欠のロックン……、おっと違ったアナーキスト、美子はそこにいちばん共鳴していたらしい。

 美子ならとうぜん欲しがるだろう、と今日も『猫・大通り』、『イカ干しは日向の匂い』、『カラスも猫も』の3冊を花さんには申し訳ないほどの値段でアマゾンに注文した。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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1 Response to 犬が星見た

  1. 阿部修義 のコメント:

     奥様が大学時代に唐木順三の『無常』を愛読されていたことは知っていましたが、T・S・エリオットとの繋がりはわかりません。無常観というものはインド哲学、仏教から来ていると思いますが、その辺を手がかりに、今後個人的に考えてみようと思っています。

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