チキン・レース

 今日は美子のデイ・サービスの日。肌に突き刺さるような日差し(ちょっとオーバーか)の中、それでも元気に出かけていった。それにしても、八月の下旬になってのこの暑さ、やはり異常気象なんでしょうなー。天候の方も異常なら、政治の世界もそれに輪をかけてヒートアップ。でも子供の喧嘩じゃあるまいし、落としどころをきちんと考えての喧嘩でしょうねー。

 領土問題というのは、たいていの場合、双方にそれなりの言い分があってのもの。だってご覧なさい、逮捕された香港の活動家たちのあの真剣な顔つき、腹に何か別の魂胆があるとはとても思えません。もちろん海に飛び込んで島に上陸した区会議員(でしたっけ?)たちの顔もまるで憂国の志士気取りで真剣そのもの。

 国会での非難決議、おっとこちらは韓国政府に対してでしたか、自国民に対してはそれなりの意味はあるが、相手側にすれば油に水を、いや違った火に油をかけられたようなもの、神経を逆撫でされて、さらなる対抗手段を促されたようなもの。かくしてどちらが先に引くかのチキン・レースの様相を呈してくる。

 先日の「真夏の夜の夢」を読んでくださった或る方から、石橋湛山のこんな言葉を教えていただいた。いま「或る方」とだけ言って名前を伏せたのには理由がある。最近の行き過ぎたプライバシー保護のためではない。以前それについて書いたときの考えにいささかの変化もない。いやプライバシー過敏症についてはますます批判的である。いま名前を伏せたのは、下手に実名を出すと、最近「非国民」探しに躍起になっている「右翼愛国主義者」たちが張り巡らしているアンテナに引っかかって、思わぬ迷惑が及ぶことを警戒しての、あくまで実利的実際的な処置である。とりわけ報道関係者に累を及ぼすことを慮(おもんばか)っての対抗手段である。

 もちろん私自身は無位無官の一匹狼、手負いの猪ならぬイノブタ、奈落の底からの発言だから怖いもの無しである。といっても公職にある者に対しても、名指しであからさまな名誉毀損罪や侮辱罪に問われる人身攻撃をするつもりはないが、これからも言いたいことを言いたいように言わせてもらうつもりだ。

 閑話休題。湛山の言葉とは次のようなものである。
「かくて我が軍の手に帰せる青島は、結局いかに処分するかを以て、最も得策となすべきか。これ実に最も熟慮を要する問題なり。この問題に関する吾輩の立場は明白なり。アジア大陸に領土を拡張すべからず、満州も宜しく早きにおよんでこれを放棄すべし」 (石橋湛山評論集「青島は断じて領有すべからず」から)
 
 石橋湛山という政治家のことはもちろん知っていたし、彼が気骨のあるリベラリストであることもなんとなく聞いてはいた。しかし敗戦後七人目の首相で自民党第二代総裁の彼が、大正三年(1914)に既にそんな主張をしていたとは知らなかった。現在の自民党議員たち、いやいや最近は彼ら以上に保守的で(もちろん悪い意味で)愛国主義的な(愛国的とは違う)民主党議員たちの体たらくを考えると、あゝ昔の政治家には保守・革新を問わず、気骨のある、そしてここがもっとも大事なところだが、風格のある政治家がいたなー、と慨嘆せざるをえない。
 
 それはともかく、この端倪すべからざる政治家の見解をもっと知りたくて、さっそく彼の評論集(岩波文庫)をアマゾンから取り寄せて、例のごとくスポット読みをしてみた、そう、正にいま政治家諸君に読んでもらいたい本である。もちろん政治家を志すほどの者なら、既に読んだ本かも知れないが、読んだだけでは駄目ですぞ、しっかり身につけなければ。特に政界をリードする(はずの)お二人さん、どさ回りの役者みたいな※※君、要領だけはいい中間職サラリーマンのような※※君(だれのこと?言わなくてもすぐ分かるっしょ)、しっかりしてくれやー。
 
 本当は楽しい本の話をするつもりで書き始めたのだが、暑さのためか、つい政治の話に飛び火してしまった。本の話はまた別の時にでも。

★蛇足 チキン・レースで思い出すのは、1955年のアメリカ映画『理由なき反抗』の一場面である。主演は、小森のおばちゃんには悪いが、とうとう好きになれなかったジェームス・ディーン。彼が喧嘩相手の不良と、それぞれボロ自動車を崖際までフル・スピードで走らせ、どちらが先にチキンになるか、つまり臆病風を吹かして車を離れるか、度胸試しをする場面だ。ディーンは巧く車から脱出するが、ズボンか何かが絡まって飛び出しそこねた不良の方は、そのまま谷底へ墜落して死んでしまう。つまり度胸だけでなく思わぬハプニングもあったりして危険極まりないレースである。いやいやそんなことより、政治家の度胸試しは単なる失策では済まず、国民全体を巻き込む愚かなゲームであり、まともな政治家なら絶対にしてはならないもの。つまり外交術としても最悪の禁じ手なのだ。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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2 Responses to チキン・レース

  1. 阿部修義 のコメント:

     先生は『原発禍を生きる』の中でこう言われてます。「本来の愛国心とは国家に対する忠誠ではなく、父祖の地そして血への懐かしく、そして愛情あふれる思いなのだ」。

     一連の領土問題を改めて私なりに考えました。先生の言われている意味はこの言葉に集約されていると気付きました。大変な見識だと思います。そして、中国で出版される『原発禍を生きる』を一人でも多くの中国人、特に若い人たちに読んでもらえることを祈ります。

  2. 佐々木 孝 fuji-teivo のコメント:

    阿部修義様
     いつも変わらぬ貴兄の真摯な姿勢に感銘を受けます。そうです、一人一人の人間が、そしてその集団が、より安全で、より豊かに、そしてより幸福になれかしと願って案出され、工夫された仕組みたるべき国家システムが、結果的には隣人たち、時には同胞までをも争いと分裂に追い込むことになっている事態を、私たちは根底から問い直さなければ、と思います。シリアなどではいま毎日のように互いに殺しあっていますが、それも結局は既に意味を失って機能しなくなった国家システムへの盲従と盲信に起因しています。つまり領土問題と地続きの病いを抱えています。
     先日も書きましたように、現在のシステムを一気に廃棄することは無理だし、かえって混乱を招きますが、しかしすべての隣人と仲良くし、そうすることが結局は自分たち自身の幸福でもあるような、創造性と希望に満ちた新しい「くに」の在り方を、政治家だけでなく、私たち一人一人が模索し、良いと思う方法を提案していく時代が来たのだと、まずは各自信じることから始めましょう。

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