『原発禍を生きる』スペイン版番組

 

言わずもがな、の解説


 先日突然の放映延期の知らせを受けたとき、こんな良書を紹介するならもっと気を入れて、と局の方で考え直したのでは、などと言ったような気がするが、もちろんそれは単なる強がり、もしかすると放映中止の判断がなされたかも、と内心びくびくしていた。ところが一昨日とつぜん、今度はハビエルさんから、既に放映された画像そのものが送られてきたのである。
 で、恐る恐る見てみた。ところが嬉しいことに、短いながら実に上手に編集された紹介番組になっている。先日予想したように、念には念を入れての編集の跡が見られ、ハビエルさん同様、大いに喜び感謝した次第。
 スペイン語が分からない人にはせめて映像だけでもと、ここでもご覧にいただけるようにしてもらったが(いつでもアクセスできるように、上の「取材映像」からも見れます)、少しは説明を加えた方がいいと考え直し、いくつかポイントだけ書いてみます。
 スペインのテレビは国営と民放がどういう割合になっているのか、あるいは民放はないのか、それさえ分からないが、ご覧のチャンネルは日本で言えば公共放送のNHKに相当する全国ネットのテレビ局である。ファンホ・パルドとマルタ・カセレスという男女二人のアナウンサーが登場するが、二人はいわばこの局の表看板、チャンネルをひねれば必ずそこいるといった有名な二人。
 と、こんな風に不確かなことをだらだら書いていったらキリが無いので、簡単に言うと、この七分ちょっとの間に、『原発禍を生きる』が書かれた背景・状況を、大震災直後のテレビ映像や友人のジャーナリスト・映像作家のゴンサロ・ロブレードさんの撮った映像を適時挿入しながら紹介している。(ともあれハビエルさんとゴンサロさん二人に画面に登場してもらって貞房氏大満足)
 マルタさんの声に続いて、渋い、いい声の(?)スペイン語ナレーションが入るが、それは事故直後の状況を説明する貞房氏の声である。何と流暢なスペイン語!と誤解されるとまずいので白状すると、局からあらかじめ出された質問に貞房氏が日本語で答え、それをハビエルさんが訳し、それを貞房氏が音読したものをデジタル録音して局に送り、それを…

 この調子でも長くなりそうなので、断片的・箇条書き的に以下いくつか書いてみます。

 番組の冒頭、女性アナウンサーのマルタさんが拙著を三つの単語で紹介している。すなわち humor, acidez, ironia(ユーモア、辛辣、皮肉)。ピンポーン!、当たりである。さすが奇想主義の大家ケベードの国、のアナウンサー、貞房氏の本質を即座に見抜いてくださった。もう言うことなし、である。

  要するに『フクシマ、災禍を生きる』が、単なる被災報告ではなく、「自分の目で見、自分の頭で考え、そして(一番大切なことだが)自分の心で感じる」ことを忘れた、限りなく魂の重心が高い祖国日本に対する弾劾と警鐘の書であることを見抜いてくださった。あとはすべて枝葉末節…
 それにしても貞房氏、歩き方からして老いたなあ、でっすって? それは心外、弁解させてもらうと、ゴンサロさんの言うとおりに廊下の隅の本棚から本をとって部屋に戻るという演技指導(?)を受けたとき、慣れない演技でついのろのろ歩いたまで…なにそれだけでなく姿かたちの全体が老人っぽいですって? 

……(貞房氏の沈黙が続く)

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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2 Responses to 『原発禍を生きる』スペイン版番組

  1. 阿部修義 のコメント:

     エバ・バスケスさんが描かれた表紙絵を見ての私の感想ですが、日本国旗を意味しているように感じました。その中に椅子が国旗に向かって置いてあり、何故か、先生が、その椅子に坐られ、大震災、原発事故の一部始終を冷静に(ユーモア、辛辣、皮肉という意味も含めて)見つめられている。飽く迄、私の想像ですが。

     スペインで『原発禍を生きる』が出版されたことが、世界的規模で反原発の流れの追い風になることを読者の一人として切望します。

    • 富士貞房 のコメント:

      阿部さん、いつも書き込みありがとうございます。表紙絵のことですが、私も漠然とそう解釈しています。初めのデザインでは椅子は木製の椅子でしたが、今の方が重心が低く安定しているように思います。解釈のことですが、今度機会があればエバさんに直接聞いてみてもいいですが、でも、もしかすると、聞かずに各自自由に解釈した方がいいかも知れませんね。いやきっとその方が良さそうですね。

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