プチからビッグへ

 『朝のコント』(岩波文庫、1996年、11刷)が届いた。さっそく「ロメオとジュリエット」の部分をコピーして合本に鋏み込んだ。これで『朝のコント』が2冊できたことになる。そして読んでみた。予想していたとおり、小さな町の小さな恋物語だった。石材工事の請負師パシエの十六才になる娘ジャンヌと材木屋のビュイッソンの十七歳になる息子ジャンが、親同士のけんかのとばっちりを受けて生れかけていた恋が一時危うくなるが、それにもめげず再び愛し合うようになる、といった何の変哲も無い物語だが、フィリップ特有の淡彩画のような人間模様に仕上がっている。

 舞台は中部フランス、ムーラン市に近い、人口三千にも満たないセリイという「小さな町」である。同じ題の短編集があるように、彼の描く世界は徹底的に「小さきもの」であり、それへの偏愛に貫かれている。現在ではかつてのようにフランス文化の真髄ともいうべきこの「小さきもの(プチ)」への偏愛が、アメリカ式の「大きなもの(ビッグ)」への確執の前で影が薄くなっているようだが、経済分野でのグローバル化(実質はアメリカ化)はいざ知らず、文化の領域でのグローバル化はいただけない。いや、経済分野でのグローバル化、具体的にはTPP(環太平洋パートナーシップ)については今までまともに考えてもこなかったが、安倍首相のどこかいかがわしい「積極外交」なるものを見ているうち、ようやく真面目に考えてみる気持ちになってきた。
 
 もともと経済にはからっきし弱いので、難しい問題は分からないが、自動車産業など格別に国の個性など関係ない部門ならいいかも知れないが、たとえば農業などその国の文化や歴史の根幹に深く関わるものにグローバル化の波は有害であることは素人目にも明らかである。かつて海外における日本人のイメージは、メガネをかけてやたらカメラのシャッターを切るずんぐるむっくりの男だったが、最近はどうしてどうして、テレビの映像に登場するヨーロッパ人にもケータイを耳にあてがいながら町を歩き、何かと言えばカメラのシャッターを押す人が激増している。これは「カワイイ」をその一端とする悪しきジャパニゼーションでもあろうか。それはともかく、アメリカに比べてどちらかと言えば保守的で伝統を重んじるヨーロッパ人までが世界を席捲するIT企業の支配下にすっぽり取り込まれているようでがっかりである。

 話は飛ぶが、いや戻るが、『朝のコント』も、考えてみれば定価1円という不思議な値段が付けられている。つまり製品と値段の関係が大きく崩れているわけだ。買う方にしてみれば安くて有り難いはありがたいが、でも大袈裟に言えば「文化」が買い叩かれている、冒涜されていると思われてならない。

 だからといってそうした経済的「恩恵」が、あるいは利便が多くの人に共有されているかと言えば決してそうではない。つまり飽食と栄養過多のために高い金を出してシェイプ・アップにうつつを抜かす恵まれ過ぎた人がいる一方、食料不足・栄養不足のために何秒かに何人、いや何十人かが死んでいくという格差・不均衡世界が現実なのだ。要するに経済のグローバル化という一見もっともらしい名前の中身は、富む者はますます富み貧しき者はますます貧しくなるという経済の二極分裂の加速以外の何物でもないということではないのか。

 本当はフランシスコ・ザビエルの『書簡抄』を取り上げようと思っていたのだが、小さな町の小さな恋から、思わず不得手な経済の話まで及んでしまった。ザビエルの話は次回にしよう。

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佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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1 Response to プチからビッグへ

  1. 阿部修義 のコメント:

     四月に鄭周河写真展に行った時に、東海林牧師が弱い立場の人間でも平和に暮らせる社会を構築することが大切ですと言われていました。先生と同じように魂の重心を限りなく低く保たれた視点からの言葉だと思います。その視点からでなければ見えて来ない事が世の中にはたくさんあるということもモノディアロゴスを拝読して私は感じます。『原発禍を生きる』の中で、先生はこう言われています。

     「人間は助け合い支え合うもの、という人間の基本条件を、単に頭だけでなく骨の髄まで体得していること。(中略)人間同士、実はそれぞれまったく別の人格・個性を持っていることを認めた上での、つまり人間存在の原悲劇とも言うべき悲しみを土台にした連帯感だと思う」

     安倍首相にしても石破幹事長にしても、自民党の方たちの多くは富裕層の親から選挙区を引き継いで、比較的裕福な環境の中で生活して来た人が多いように私は感じます。その人たちの意識の中には魂の重心を低くした視点からの発想や施策が私には見えません。モノディアロゴスを精読すればするほど、そのことを私は強く感じます。賃上げと言っても一部の優良企業だけの話であって、多くの中小零細企業には関係ないというのが現状だと思います。人間は魂の重心を低く保つことで、初めて、調和と平等と平和を維持するために何が必要かの洞察力が生まれることをモノディアロゴスを精読して改めて私は感じました。

     

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