第十一巻 あとがき

 本巻にはこれまでのものと大きく違っているところがある。それは巻末に三人の友人たちのエッセイを収録したことである。そのうち鄭周河(チョン・ジュハ)さんのものは、すでに八月二十四日にネット上に掲載された。守口毅さんのものは、はじめ菅さんたちのコンサートの日にいただいたプリントで読ませてもらったが、一読して実に感動的な報告であることが分かった。バルト三国といえば、ウナムーノの盟友とも言うべきアンヘル・ガニベット(一八六五~九八)の悲しい事件と共に深く脳裏に刻まれていた。つまり彼が領事として赴任していたエストニアの隣国ラトビア共和国の首都リガで、グラナダから家族が訪ねてくるというその日にドゥイナ河に謎の投身自殺を遂げたことである。とにかくソヴィエト連邦からの独立を果たした古くて若い国の強い愛国の想いが伝わってきて、一見まともな国と見えながら、その実、国としての脈拍数の最低を記録し続けている日本の現実と比較して忸怩たる思いにさせられる。

 そう、これを書いているのは衆議院選挙の日の夜、自民党圧勝という実に嘆かわしい夜である。ばっぱさんが五十四年前の私宛の手紙の中で、「政治の行きづまりも教育の行きづまりも原因ははっきりしているのです。しかしはっきりしていないのが指導者であり一般大衆であるのです」(『虹の橋 拾遺』所収)と言っているとおりである。

 選挙戦を伝えるテレビを見ていたら、被災地を訪ねた安倍首相の周りに被災民が花束を捧げ握手を求めて大歓迎の図を見て、目の前が暗くなるほどの深い絶望感を味わった。そんな意味で、辻明典さんのエッセイは、こういう青年もわが南相馬にいるのだ、との強い希望と期待感を与えてくれる。指導者と一般大衆の真ん中に、ごく少数ながら、目覚めた人たちがいる。それは液状化したもろい表土のところどころに打ち込まれたパイルのようなもので、初めのうちは点に過ぎないが、いつかそれらが線となって、緩慢ながら着実に表土流失を防いでくれると信じている。いや、そう信じなければやってられない、と言うのが現実ではあるが。

 ともあれこのお三方の貴重なエッセイを収録することで、年を越えると予想していた第十一巻がここに来て一気にまとまってしまった。嬉しい誤算である。ただし付録の方が充実していて、本体の方がいさかみすぼらしい。これも嬉しい誤算である。
                  (十二月十四日記)

 ※ここまでが「あとがき」である。これで第十巻より2ページ多い274ページである。実は重さが500g(送料300円)を越えないためにはこれ以上ページ数をふやされないので、第十一巻の表題を「内部へ!」としたことの説明が出来なかったが、今さら解説も不要でしょう。でも念のため言い添えますと、米西戦争敗北(一八九八年)のあと、前進(革新)か後退(保守)か(かつての黄金時代へ)で国論が真っ二つに分かれた時、ウナムーノたち「九十八年の世代」が掲げたスローガン、すなわち「内部へ(進め)!」からとった言葉である。これ以上は、本文を読んでいただければ幸いである。

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佐々木 孝

佐々木 孝 について

佐々木孝(ささき・たかし) 1939年北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。1962年同学科卒業。5年間の修練生活の後、1967年イエズス会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授、1982年教授となる。1984年常葉学園大学でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、東京外国語大学、駒沢大学、法政大学、早稲田大学などでも非常勤講師を務める。2002年定年を前に退職、病身の妻を伴って父祖の地・相馬(福島県南相馬市)に転居。以後16年にわたり「モノディアロゴス(Monodiálogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」と題したブログを死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。2018年12月20日、小細胞肺がんのため宮城県立がんセンターにて死去(享年79)。
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2 Responses to 第十一巻 あとがき

  1. 阿部修義 のコメント:

     鄭氏、守口氏、辻氏の文章を拝読して、やはり、実際に現場に出かけ、先生が常に言われるように、魂の重心をできるだけ低く保って、自分の眼で見て、自分の頭で考え、自分の心で感じることの大切さを改めて感じました。

     衆議院選挙は非常に個人的には残念な結果でしたが、先生がモノディアロゴスで言われたことを思い出し、また、「内部へ」の私なりの解釈をより深くして三氏のように具体的な行動へと飛翔できるように研鑽していきたいと思います。

     「昨夜のテレビにアメリカの駐日《大物》大使が話している内容に驚倒した。キャスターの久米が、日本ではイラクへの軍事攻撃を非とする者が八〇パーセント近くいるがこれをどう思うかと聞かれて、「世論なんていうものはいわばスナップショットのようにその場かぎりのもので、いくらでも変化する。それに左右されるのは愚かである」といった内容。この際、世論が正しいかどうかは別問題として、この大使は、もちろんブッシュもブレアもアスナールも、とんでもない心得違いをしている。つまり自分たちを政権につかせた投票制度も、これまた立派な世論であるということ。つまり悔しいけれど民主政治はその世論という不安定な土台に乗っているのだ。その土台の否定はまさに命取りである。」(2003年2月27日「ブルータスお前もか」、※「富士貞房と猫たちの部屋」、研究室、富士貞房作品集所収)

  2. 守口 毅 のコメント:

    佐々木兄いが私の拙文をモノディアロゴス付録に載せてくださいましたので、付録の付録のようなことをご報告しましょう。

    私は7月1日夜遅くにひとり首都タリンにつき、18時間ほどの旅程に疲れてようやくタクシーに乗り込んだのですが、運転手は私が日本人だとわかるとまず『あなたの国は憲法を変更しないままに外国に出て行って戦争をするのか』と問いかけます。すぐに返答に窮していますとさらに『国の法律の根幹にかかわることをないがしろにして、あなた方の国の人々の生活は何を基本に成り立っているんだ』と聞かれて、黙りこくりました。私が「ロシアのクリミア併合のあと、貴国エストニアの情勢は一気に緊迫度を増しているのだろうと思うが・・・」と問いかけると、彼は『戦争にこそなってはいないが、サイバー攻撃の応酬が凄まじい』そして『望まないことだが小国エストニアは軍政でも敷いて立ち向かわなければならないかもしれない、しかしその場合は国民の意志で憲法を変えてやる話だ』と、また話が戻りました。ちょうど日本で集団的自衛権の閣議決定を横目に見ながら成田を出てきましたから、彼の国際的な感度の鋭さには正直びっくりしました。相手はタクシーの運転手さんですよ。
    私たちは、島国に籠って、生きることの根幹を問わずに逃げまくって日々を生きているような気持になりました。

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