愛する姉さんへ

天気予報では、今日は一日曇りのはずだが、朝から日が照っている。こういう誤報は大歓迎。しかし一昨日から、私の住む町の天気が常時クリックひとつで分かる仕組み(ヤフーのピンポイント予報)にしているのだが、このずれはどうしてなんだ。注意書きを見ると、一日四回(5、11、17、23時)の更新となっており、要するに急な変化には追いつけないのだろう。いま午後5時半だけれど、一日最後のサービスのつもりか、強い余光があたりを照らし出し、真夏の夕方とちっとも変わらない。このまま真夏に突入か。まさか。
 それにしても天気にこれだけ敏感になっていっていいんだろうか、という気はする。要するに暇なんだろうな。太陽なんて見ずに一日ビルの中で働いている人もいるというのに。ともあれこの暑さ、吹き抜ける風だけでは足りず、午後になってとうとう扇風機を出す始末。昨年も今ごろ出したのだろうか、手帳を見ようとしてやめた。その時々の天気を、その変化を、有難く受け入れて生きていこう。
 さて今日も、二階の廊下の壁面に本棚を作った。本棚に二列に入れていることが気になり出し、それならいっそ残っている壁面をすべて本棚にしちゃえ、と思い始めたのである。同時に蔵書リストの整理も始めた。死ぬまで絶対に読むはずもない推理小説もすべてリストアップしている。アガサ・クリスティのだけでも40冊あった。作者自身少しおかしいのではと思われるスティーヴン・キングのものも20冊近くある。これから読むはずもないそれらの本の埃を払い、目録との照合、蔵書印を押す、などの苦行を続けているといいかげん頭がおかしくなりそうだが、それでもときおり思いがけない発見もある。今日の発見は、古本屋で購入したたまま本棚の隅に埋もれていた、オニール著『限りなきいのち』(岩波文庫、昭和13年)である。いやこの本の中身ではない。中扉に几帳面な書体で書かれた次の献辞である。“To please my lovery sister. Jul. 5. 1938.”  lovery の r が l かも知れぬと迷っているのも微笑ましいが、書いたのは間違いなく弟だと思う。この時、彼は16、7歳。愛する姉はもうすぐ嫁いでいく。出たばかりの文庫本を急いで献呈しようとする。実際に姉の手に渡ったか。いや結局は渡らなかった。そして時代は風雲急を告げ、彼自身も学徒動員で戦場へ……いや、それだけの想像を促すだけの几帳面な書体なのだ。定規で引いたような下線まである……

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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