別にゴネルつもりなどなかった。しかし電話で話すうち、次第に腹が立ってきたのだ。F. Minpo社の若い(たぶん声から判断して)男の人から電話があり、先日の「お願い」を拝見したが、すみませんでした、と言う。いやいや、なんだか余計なことを申し上げたようで、と初めは穏やかに話していたのだが、あのコラムはたとえば接続詞を省くなど当社の方針をあらかじめきちんと執筆者に説明すべきだったのですが、という彼の言葉にカチンときた。問題は説明するしないの問題でなく、まるで生徒の作文を添削するように他人の原稿に手を入れること自体が変だ、ということなんだ。そのことがどうも相手には分からないらしい。
接続詞というのは、確かに執筆者の意思がかなり露出する言葉である。「しかし」「だから」などを避けるという暗黙の取り決めが新聞社側の姿勢にあるのかも知れない。だからであろう、このごろの新聞記事の不思議な文体、ぬらりくらりしていて、それではてめーはどうなんだ、と反論されることを極度に恐れていてるような姿勢が見え見えである。「しかし」「だからといって」、執筆依頼者の原稿にまでその慣習を押し付けるのは思い上がりも甚だしい。誤字・脱字・字数制限以外の理由で他人の文章に手を入れるのは言論人(こんな言葉も今では死語になりつつあるらしい)のマナーに反する。先日の「お願い」がどこまで届いているのか、と聞くと、部長まで上がっているはずという。それならその返事を聞かせてもらってから再度話し合いましょう、と言って電話を切った。向こうとしては、とんでもない奴にぶつかってしまった、と今ごろビビっているのかも知れない。そしてこのままこちらからつつかない限り、返事はないのでは。
いや実際、今朝の電話が無かったら、こちらとしては不快なことは早く忘れようとしていたわけだから、向こうとしてはとんだ計算違い、藪から棒、いや蛇と思っているに違いない。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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