不正引き出し犯?

簡単に言えば単純な思い違い、うっかりミス、それなのにどうしてか、しばらくは落ち込んだ。
 一週間ほど前、大熊に持っていったはずのウメさんの郵便貯金通帳が見つからなかったことがある。落としたとしたら、直ぐにも届けを出さなければ、とフリーダイアルの亡失センター(?)に連絡。ところが二日後、大熊から通帳の入った茶封筒が送られてきた。あの日、ウメさんの部屋に置き忘れてきたわけだ。それはいいとして、今度は届け出そのものの解除手続きが必要。そして郵便局に行ったときその「事件」が起こった。つまり届け出用紙に記入しながら順番待ちをしているとき、まだかなり時間がかかりそうなので、つい記帳を思いたったのだ。通帳を差し入れ口に入れたところ、「この通帳は使われません」というメッセージが出たと思ったら、男の係員が飛んできて、「お客さん、すみません、こちらの部屋でお待ちください」と薄暗い部屋に招じ入れられた。あれっ変だな、と思ったが、すぐには何が起こっているか分からなかった。そして不意に気がついた。そうだ、私はいま他人の通帳を拾って不正に金を引き出そうとしている男と思われているんだ、ということに。
 解除の手続きが済んでいない通帳をうっかり使おうとしたこちらのミスであることは間違いないが、小さなオフィスで、一方で解除の手続きが進んでいる(用紙をもらって記入方法などを指示されている)のに、数メートルも離れていない、しかも間に遮断するものもない空間で、他人の通帳を使おうとしている「犯人」と思われているこのギャップの激しさ。係員が来たときに、身分を証する「健康保険証」や「解除申請書」などを見せたにも関わらず、別室に「案内」されたのだ。
 係員の行為はマニュアルどおりのものなのであろう。しかし身元を証明する書類など(印鑑も)を確認できたのだから、また別の対応があったのでは?要するに、(身元の分からない大勢の人間が行き来する大都会ならまだしも)どんな機械より「生きた人間」の現実把握・確認・判断を優先させるべきでは…… どちらにしても、うろたえ、頭に血が上ったことが、なんとも情けないのだ。
 こういうことはこれから多くなるだろうが、悠然と対処する習慣を身につけるようにしよう。ともかく「みったくない」。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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