昨日の昼前、住所録を何気なく見ているうち、一人の名前のところでふと目が止まった。カナダ・バンクーバーに住むO氏である。彼と最初に出会ったのは、代々木初台の学生寮に住んでいたころ。彼はそのとき、その学生寮の経営母体であるカトリックR修道会の若い神父だった。名前からもアイルランド系であることがすぐ分かった。そしてアルバイトで彼の日本語家庭教師をすることになった。元々の語学的センスの良さもあって、彼の日本語はめきめき上達した。
期間としてはそれほど長くはなかったと思う。大学四年生になると同時に、私自身がJ会経営のJ大学学生寮に移ったからである。彼の方もその後、東舞鶴(?)教会に赴任した。私が卒業後いよいよ広島のJ会修練院に入る直前だから、昭和三十七年の三月だったろうか、この世の見納め(?)と思って一人京都・大阪を旅したことがあり、そのついでに彼を訪ねた。近くには天橋立もあり、是非案内するから寄るようにと言われていたからである。修道院に着いたころはもう暗くなっていた。案内を請うと、O神父はいま黙想中なので会うことはできないとの返事。仕方なくその夜の列車に飛び乗り、暗い日本海を車窓から見ながら寂しく帰京した。後から彼がそのとき応対した神父だかブラザーに激怒したらしいことを風の噂に聞いた。彼としては、たとえ黙想中であっても上長の許可を得て、この遠来の友人を案内するつもりだったらしい。
次に会ったのは、稲田堤に住んでいたころ、勤め帰りの電車の中での偶然の再会であった。彼も還俗してN大学の教授になっていた。数日後、彼の家を妻同伴で訪問した。大阪出身の気さくな奥さんとの間に、一男二女のパパになっていた。 その後彼は日本での生活を切り上げ、故郷のバンクーバーに帰った。だから三十年ぶりに受話器に出てきた彼は、最初分からないらしかった。奥さんの方がどういうわけか妻の旧姓を覚えていてくれた。お二人とも元気で、毎朝いっしょにテニスをやっているとか。さっそくこちらから最近の写真でも送るから、と約してひとまず電話を切った。
こんな大昔の友人とも旧交を温めようとする衝動は、確かに老いの兆候かも知れない。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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