百日紅(さるすべり)

一気に真夏に逆戻りといった感じの一日だった。夕方になっても熱気があたり一面に立ち込め、いつもははっきり見える国見山周辺のシルエットがぼんやりしている。いやほぼ完全に空に溶解している。黄昏どきになっても、隣家の庭の百日紅がやけに生き生きとしている。我が家の百日紅だけでなく町中の百日紅がもうすっかり盛りを過ぎたというのに。百日紅にも狂い咲きがあるのか。
 誰に聞いたのかもう忘れてしまったが(最近のことなのに)、百日紅が勢いよく咲くときは豊作を意味するとか。それで昔、百日紅は庄屋など偉い人の家にしか植えることが許されなかったらしい。つまり、豊作であることがばれるといろいろ不都合が起こるので(こんな豊作だったら少しは自分たちにも食わせてくれないか、など邪< よこしま>な欲望に火を付けたりするので)、百姓など下々の者には豊作であることは秘匿されなければならなかったから、という。
 いやそんな昔のことはどうでもいいことで、今日、この暑さの中、川口に住む娘夫婦が孫を連れて初めての里帰りをしてくれたのだ。新車の後部座席に据え付けられたチャイルド・シートにでんと坐った翔太君のご来駕だ。まだ生後三ヶ月半ちょっとなのに、はや風格がある(そら始まったぞ、孫自慢)。ケータイで送られてくる写真によってリアル・タイムで成長振りは見てきたが、この子、夜泣きもせずぐずりもせず、いつもニコニコ笑っている。百日記念の写真では、豪快な笑い顔で背後の若夫婦を完全に食っている。
 夜、風呂好きの翔ちゃんが上機嫌で天花粉(とは言わないか、つまりベビーパウダー)を振られているところを、老夫婦ありがたく見物させてもらった。この子、いわゆる堅肉(かたじし)で、抱くとずしんと重い。実がいっぱい詰まってるのだろう。
 かくして滞在予定二泊三日の初日が過ぎて行く。妻は、嬉しいんだか悲しいんだか分からない、などとつぶやいている。やはり初めての里帰りで気が張っていたのだろう、変な疲れ方をしている。夕食には、スーパーで見つけたペルー産のムール貝などをふんだんに入れたパエーリャを作ったが、我ながら感心する出来だった。翔ちゃんのパパも美味しそうに二皿も食べてくれた。
 でも明日は少しペースダウンして、ゆったり孫とのつかの間のふれあいを楽しもう。といって海と百尺観音には連れて行きたいしなー。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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