夏鳥

田島佳奈子さんからCDとDVDのセット『夏鳥』が届いた。『人間学紀要』第七号で、腎臓が片方しかない未熟児ながら六年間生き続けた弟の死を感動的な構成と筆致で語ってくれたあの田島さんの作品である。CDには「数年前の人間学のレポートに書いた内容とほとんど同じ内容を音楽で表現」したというピアノ連弾曲、そしてDVDの方にはその曲に映像をつけたものと、彼女が書いた詩が収められている。
 私の下手な解説よりジャケットに書かれている彼女自身の言葉を引用しよう。

「人間の生はいつか終わり肉体は滅びますが、魂はどこかで生き続けているということを表現したくてこの曲を作りました。調性は深い音色を持っていると私が感じる変ニ長調を選びました。特に考えたのは、単純な主旋律を引き出すための和音の構成です。この曲の低音域と高音域は、人間と天や空の距離は確かにあるものの、ひとつの存在であることを表しています」

 最後の部分はちょっと分かりにくい表現になっているが、曲そのものを聞けば答は実に明快である。つまりそれは、時に雲、時に空、また別の時には彼女のすぐ側にまで飛来する夏鳥の形をした亡き弟の魂であり、またその魂を守り慈しむ他の死者たちのことなのだ。彼女は、世の人たちが死者たちのことをたやすく忘れて、あたかも彼らが存在しないかのように、騒がしい日常に流されていることがどうしても理解できない。だって「こうちゃん」の魂は、それ、そんな近くで、生きていたときよりはるかに親しく私に語りかけているというのに。
 音楽的センスがまるでない私でも、彼女の単純でありながらなぜか懐かしい旋律に魂が洗われるような、不思議な感動を覚えた。『人間学紀要』の文章でもそうだったが、弟の死を繰り返し追懐してきた彼女にとって、その死が啓示したものの方が、目の前の現象世界よりはるかに深い意味をはらんだ現実なのである。
 彼女は現在、東京純心女子大の研究生として、パイプオルガンと作曲の勉強を続けながらCM音楽も手がけているという。ロッテのチョコレート「紗々」やアイスクリーム「クーリッシュ」のCM音楽は彼女の作品ということです。テレビなどでお聞きになったときはぜひ彼女のことを思い出してください。彼女の切ないまでに繊細で美しい旋律に耳をそばだてたプロデューサーも偉いですね。なお『夏鳥』は、Aereo Music Createの制作です。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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