久しぶりに三好達治の詩が読みたくなった。美子が大好きな詩である。
甍のうえ
あはれ花びらながれ
をみなごに花びらながれ
をみなごしめやかに語らひあゆみ
うららかの跫音(あしおと)空にながれ
をりふしに瞳をあげて
翳りなきみ寺の春をすぎゆくなり
み寺の甍みどりにうるほひ
庇(ひさし)々に
風鐸のすがたしづかなれば
ひとりなる
わが身の影をあゆまする甃(いし)のうへ
ついでにもう一つ。同じく『測量船』(昭和5年)の中の詩である。
乳母車
母よ――
淡くかなしきもののふるなり
紫陽花いろのもののふるなり
はてしなき並樹のかげを
そうそうと風のふくなり
時はたそがれ
母よ 私の乳母車を押せ
泣きぬれる夕陽にむかって
轔々(りんりん)と私の乳母車を押せ
赤い総(ふさ)ある天鵞絨(びろうど)の帽子を
つめたき額にかむらせよ
旅いそぐ鳥の列にも
季節は空を渡るなり
淡くかなしきもののふる
紫陽花いろのもののふる道
母よ 私は知っている
この道は遠くはてしない道
朝方、廊下の風鈴が一瞬鳴ったように思ったが、なんのことはない、今日も猛暑日だった。夜に入っても暑さはじっと動かない。それでせめて爽やかな涼風もしくは風鈴のような詩を読むことにしたのである。