二体の藤娘

今日の午後、約束どおり■が来てくれた。故障の原因は、昨晩ウィルバスターのインストール途中に強制的に電源を切ったことによるものらしい。そしてその後ACERのメール機能を使っていたことも大変な危険を犯していたらしい。つまり昨夏買ったときには付いていたセキュリティー機能が、9ヶ月で切れ、そのあとは無防備だったのだ。
 代わりのパソコンを持ってきてくれたが、データを使うならメモリースティックに移すが、スティックはあるか、と聞かれ、さあそれからあの小さなスティックを探したがどこにも見つからない。確か机右後ろの雑具入れのケースに入れていたはずなのに、ない。それから引き出しという引き出しを捜しまくったのだが…頭が真っ白になって、疲れが極限まで…それはちと大げさだが、つくづく年齢を感じた。(後から、やはり最初に探したケースの中にあるのを見つけた。つまりしきりにプラスチックの細長のケースを探したのだが、実は外装の紙のケースに初めからあったというわけ)
 もう少し若い時には、真夏、八王子の裏庭で、ひとりでは組み立てるのは無理と言われた物置を、蚊取り線香を周囲に置いて、ついに組み上げたこともあったし、東京から静岡に勤め先を変えたときなど、家族四人と犬とインコと、業者のトラックに乗せ忘れた家財道具を狭い車内に押し込んで、折悪しく雪の降り出した東名高速を、三メートル先以上はライトの届かない中、とうとう清水の新しい我が家まで頑張って走ったこともある。今じゃ考えられない。
 そんな苦労話は他人にはまったく興味のないことだろうが、つい愚痴ってしまった。ところでいい話もある。夕方、藤娘人形が二体もネットショップから届いたのだ。先日、姉が満州熱河の灤平を引き揚げるとき、押入れに入れた藤娘に何度も別れを言いに行った話を聞いて、なんとかそれをプレゼントしたくなったのだ。かと言って「人形の…」とかいう老舗の製品だと、それこそ何万円もするので、(いや愛の七五三の着物を買ってもらったり、日ごろ世話になっている「おばちゃん」にそれぐらいの物を進呈してもいいのだが)、ここは涙を呑んで(あれっ、ちょっと違うか)ぐっと安いもの、つまり外国人へのお土産に適当な、安い人形をネットで見つけたのである。だから愛にも同じものを買うことにした。
 幸い姉はパソコンなどやらないので、値段をごまかして、たぶん恐縮するだろうから、そこは鷹揚に、「いやたいしたもんじゃないっす」などと頭をかきながら渡すでしょう。おっと、だからと言って、パソコン慣れした人が、どれどれいくらしたんだい?、などと調べることはやめていただきたい。
 でも改めて考えてみれば、なんとも中途半端な話ではある。で、その穴埋めというわけでもないが、その人形にはガラスケースがついていないので、さっそく明日あたり量販店に行って、アクリル板と金色の色紙を買ってくるつもり。つまりそれで立派な人形ケースを作ろうというわけ。これ以上説明は要らないと思うが、金紙は人形の後ろのアクリル板に中から貼って、ちょうど金屏風のように見せるためである。
 そんな馬鹿話をしているうち、午後の疲れがいつの間にか取れてしまった、ような気がする。なんとも忙(せわ)しない午後でした。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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