バルガス・リョサは、一時期(1990年)、あのフヒモリ(藤森)とペルー大統領選で争って敗れたあと、あまりぱっとしないようだがどうしているのかな、と思っていたら、今年度のノーベル文学賞を受賞した。なーんてあたかも彼の作品を読んできたかのような話しぶりをしたが、白状すれば、彼の代表作『都会と犬ども』(1963年)も『緑の家』(1966年)も、そして『ラ・カテドラルでの会話』(1969年)も、すべて手元にありながら、そのどれもまともには読んでいないのである。
それなのに彼についてなにごとかを語ろうとするのは、えーと、こういうの何とか言ったなー、ドンぴしゃりの表現が。でも出てこない。困ったときはヤフー頼み。「見てきたような」だけを覚えていたので、それで検索するとたちどころに出てきた、「講釈師、見てきたような嘘をつき」。ともあれ、彼のことを思い出したのは、今日、アマゾンからイサベル・アジェンデの『精霊の家』(La casa de espíritus, 1982)が届いたからである。
彼女の名前を覚えたのは、数年前、ある日たまたまスイッチを入れた深夜番組で見た映画『愛と精霊の家』(1993年)の原作者としてである。 あるチリの名家の波乱万丈の50年にわたる歴史を末娘クララの視点から描いた映画である。監督・脚本はビレ・アウグスト、そして成人したクララを演じたのは名女優メリル・ストリープである。
アジェンデという名前にもしや、と思っていたら、やはり元チリ大統領サルバドール・アジェンデが、彼女の父のいとこということである。だから彼女自身は外交官であった父の赴任先であるペルーのリマで生まれた(1942年) が国籍はチリ(そしてバスク系) 。しかしサルバドールが大統領のとき、ピノチェトによるクーデターが勃発、迫害は親族にまで及んだためベネエズエラに亡命。その地で、祖父母から始まる自分の一族の半世紀をモチーフにして書き上げた処女作が『精霊の家』だという。ガルシア・マルケスにしろバルガス・リョサにしろ、南米の血族の歴史を描いた作品が多いが、アジェンデはまさにそうした数奇な運命に翻弄されたおのが一族の歴史を描いたわけだ。
私にとっては最近知ったばかりの作家であるが、調べてみるとたんにスペイン語圏のみならず広く世界に知れ渡った大ベストセラー作家らしい。彼女は最初の夫と離婚したあとアメリカ人と再婚してカリフォルニアに移り住むようになったが、28歳の若さでポルフィリン症のため亡くなった娘パウラを描いた『パウラ』が、彼女にとって最高傑作だという。ちなみに『精霊の家』は『愛と精霊の家』、『パウラ』は『パウラ、水泡なすもろき命』という題で翻訳が出ているそうだ。ところでポルフィリン症とは二つの型があり、急性ポルフィリン症は若い女性に多発し、腹痛、神経症状を伴い、尿は赤色となる。皮膚ポルフィリン症は皮膚の光線過敏症が主症状で、直射日光を避ける必要があるらしい。パウラがどちらのポルフィリン症か分からないが、一年間の昏睡状態すえ亡くなったという。「娘が意識を回復したとき、途方にくれないように」との思いで、彼女に語りかけるようにして書き留めた小説らしく、これは原文ではなく邦訳で読もうか。
それにしても邦題はあまりに説明過多ではなかろうか。いや講釈師、読んできたような嘘はつくまい。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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