朝方、いつもの通りのとんでもなく明るい声で、帯広のK叔父が電話をかけてきた。いま図書館から借りてきた「文藝春秋」昨年七月号の、藤原正彦の「日本国民に告ぐ」とかいう論文を読んでいるのだが、大いに感服した。ついてはその記事全文をコピーするのも大変だから、バックナンバーを見つけてもらえないだろうか、という相談である。九十三歳のおじいさんのこの知識欲にはそれこそ感服。バックナンバーを見つけられないときには、別の著書でも探して送るから、と約束してひとまず電話を切った。
藤原正彦? 最初は思い出せなかったが、最近『国家の品格』というベストセラーを書いた男だ。星は何でも知っている?とかいう戦後すぐの、やはりベストセラーを書いた藤原ていの息子だ。ネットで調べているうち、なんともお粗末な国家論の持ち主であることが分かってきた。だいいち、女性の品格とかいう題の本を書いたどこかの女子大学長と同じく、「品格」を論じる奴にろくな品格の持ち主がいない(この日本語ちょっと変かも)のは不思議なことだ。
まえがきかあとがきに「もっとも、いちばん身近で見ている女房に言わせると、私の話の半分は誤りと勘違い、残りの半分は誇張と大風呂敷とのことです」と書いているらしいが、このあっけらかんとした人の良さ。でも最近の右傾化を煽るこうした類の本は、実は毒性が強い。ひところ話題になって、いまもいろんなところで顔を出している元航空自衛隊幕僚長・田母神俊彦とかいう男も、あんな馬鹿なことを言わなければ、実に性格のよさそうな男なのだが。
さて叔父にはなんと言おう。九十三歳のおじいさん相手に議論するつもりはないが、アマゾンで一円で手に入る『国家の品格』を取り寄せて彼に送ることはやめようと思っている。日本人のかなりのパーセンテージの人たちは、彼らや我が愛すべき叔父と同じような考えを持っているに違いない。叔父も優秀な飛行機乗りで、空中戦でアメリカのグラマン戦闘機を何機も撃墜したのかも知れないが、たとえば中国戦線の皇軍兵士だったとしたら、また別の考えを持つようになっていたかも知れない。憲法九条を廃棄して、日本も国防をしっかりしなければ国が滅びる、と主張する人たちに、さあ何て反論する? 九十三歳のおじいさんを、その迷妄から目覚めさせるにはどう言えばいいんだろう? 放っておこうか?
夜の十時からのアジア・カップ日韓戦を延長戦の最後まで見てしまったので、この問題については明日、いや今日、ゆっくり考えましょう。PK戦にしろ決勝進出を決めた試合を観戦したのはいいが、またまた面倒くさい宿題をかかえこんでしまったものだわい。
-
※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
キーワード検索
投稿アーカイブ
-
最近の投稿
- 【再掲】「サロン」担当者へのお願い(2003年執筆) 2023年6月2日
- 再掲「双面の神」(2011年8月7日執筆) 2022年8月25日
- 入院前日の言葉(2018年12月16日主日) 2022年8月16日
- 1968年の祝電 2022年6月6日
- 青山学院大学英文学会会報(1966年) 2022年4月27日
- 再掲「ルールに則ったクリーンな戦争?」(2004年5月6日執筆) 2022年4月6日
- 『或る聖書』をめぐって(2009年執筆) 2022年4月3日
- 【ご報告】家族、無事でおります 2022年3月17日
- 【3月12日再放送予定】アーカイブス 私にとっての3・11 「フクシマを歩いて」 2022年3月10日
- 『情熱の哲学 ウナムーノと「生」の闘い』 2021年10月15日
- 東京新聞コラム「筆洗」に訳業関連記事(岩波書店公式ツイッターより) 2021年9月10日
- 82歳の誕生日 2021年8月31日
- 思いがけない出逢い 2021年8月12日
- 1965年4月26日の日記 2021年6月23日
- 修道日記(1961-1967) 2021年6月1日
- オルテガ誕生日 2021年5月9日
- 再掲「〈紡ぐ〉ということ」 2021年4月29日
- ある追悼記事 2021年3月22日
- かけがえのない1ページ 2021年3月13日
- 新著のご案内 2021年3月2日
- この日は実質父の最後の日 2020年12月18日
- いのちの初夜 2020年12月14日
- 母は喜寿を迎えました 2020年12月9日
- 新著のご紹介 2020年10月31日
- 島尾敏雄との距離(『青銅時代』島尾敏雄追悼)(1987年11月) 2020年10月20日
- フアン・ルイス・ビベス 2020年10月18日
- 宇野重規先生に感謝 2020年9月29日
- 保護中: 2011年10月24日付の父のメール 2020年9月25日
- 浜田陽太郎さん (朝日新聞編集委員) の御高著刊行のご案内 2020年9月24日
- 【再録】渡辺一夫と大江健三郎(2015年7月4日) 2020年9月15日
- 村上陽一郎先生 2020年8月28日
- 朝日新聞掲載記事(東京本社版2020年6月3日付夕刊2面) 2020年6月4日
- La última carta 2020年5月23日
- 岩波文庫・オルテガ『大衆の反逆』新訳・完全版 2020年3月12日
- ¡Feliz Navidad! 2019年12月25日
- 教皇フランシスコと東日本大震災被災者との集いに参加 2019年11月27日
- 松本昌次さん 2019年10月24日
- 最後の大晦日 2019年9月28日
- 80歳の誕生日 2019年8月31日
- 常葉大学の皆様に深甚なる感謝 2019年8月11日
- 【再掲】焼き場に立つ少年(2017年8月9日) 2019年8月9日
- 今日で半年 2019年6月20日
- ある教え子の方より 2019年5月26日
- 私の薦めるこの一冊(2001年) 2019年5月15日
- 静岡時代 2019年5月9日
- 立野先生からの私信 2019年4月6日
- 鄭周河(チョン・ジュハ)さん写真展ブログ「奪われた野にも春は来るか」に追悼記事 2019年3月30日
- 北海道新聞岩本記者による追悼記事 2019年3月20日
- 柳美里さんからのお便り 2019年2月13日
- かつて父が語っていた言葉 2019年2月1日
- 朝日新聞編集委員・浜田陽太郎氏による追悼記事 2019年1月12日
- 【家族よりご報告】 2019年1月11日
- Nochebuena 2018年12月24日
- 明日、入院します 2018年12月16日
- しばしのお暇頂きます 2018年12月14日