徹底討論、そんなの無理ムリ


*最後に緊急発信追加しました(同日九時)。

近頃はめったにテレビを見ないようになっているが、今晩のNHKスペシャル「徹底討論どうする原発」はやはり気になって、とうとう最後まで見てしまった。徹底討論などあるはずも無いが、予想通り生煮えの気色悪さだけが最後に残った。
 ドイツが長い間、しかも市民の自発的な運動として、賛否両論の話し合いによって、一州からついには全国的な脱原発路線への国民的合意に達した、と聞いて偉いなあ、さすがドイツと思った。けれど正直、私には反対意見の人と議論するだけの度量もないし根気も無い。
 今晩の討論参加者五人(だった?)のうち、三人は脱あるいは反原発論者で、あとの二人は推進論者だったと思うが、話し合いのあとで、両者に相手に対する理解が深まったか、と言えばけっしてそうはならなかったと思う。けれど、彼らの議論を聞いたり見たりしていた視聴者の方には、原発問題に対する理解が深まり、その結果それまでの意見を変えた人がいたかも知れない。だから討論会が無駄だったわけではないだろう。
 ただ名前を覚える気にもならなかったが、推進論者のひとり、若い方、いやとっちゃん坊や風だからそう見えるだけで、実はかなり年をとっていたのかも知れないが、自分は原子力研究に携わってきた一人として、今回の事故については身を八つ裂きにされたような痛みを感じている、などと殊勝なことを言っていたが、残念ながらそれは言葉の綾だろう。絶対安全な原発を作らなければならないとも言っていたが、人間の作りだすもので絶対安全なものなどあるはずもない。原子力村社会特有の思考回路から豪も抜け出ていない。つまり典型的な専門馬鹿である。
 詳しいことは分からないが、どんなに安全な原子炉を作っても、使用済み核燃料の再利用という回路がいまだ成功していない、というより破綻しているのに、そしてたとえそれに成功したとしてもその廃棄物が安全になるまでに何十万年という時間を要するという厳然たる事実に対してはどう考えているんだろう。不老不死の秘薬とか永久運動の夢ならまだしも、原子力エネルギーの理論は発端からして間違っていることに気付かないのは、いや気付いているが気付かないふりをしているのは知的誠実さに欠けている
 むかし、北海道帯広市の柏小学校の生徒だったころ、その通学路の途中に偉い昆虫博士が住んでいた。なんでもその博士、蚤の金玉の研究で世界的な権威だとの噂がまことしやかに子どもたちの間に伝わっていた。いや博士の存在そのものさえ、今から考えると怪しいのだが、そのころは、へーそんなものにも権威者がいるんだ、と子どもながら学問の世界の奥深さに感心したものである。
 そんな専門家なら愛嬌があるし害にもならないが、原子力となると、さあ原爆などの大量殺戮兵器、原子力発電所の事故など過去の実績は、プラスかマイナスかとなると、だんぜんマイナスの方が大きいんじゃない?。科学の魅力に捉えられているんだったら、そろそろ原子力研究から足を洗って、たとえばウンコから燃料を作るとか、あっそれアフリカにかぎらず世界いたるところですでに牛糞から燃料を作ってるか。
 おっと、この暑さも手伝って、ついフンニョリズム、いやスカトロジーの方に話が行ってしまいました。この辺で止めときます。でもあのクロレラは…やっぱり止めましょう、ではまた。


*緊急発信(同日午前九時) あゝ情緒纏綿たる記事ばかり!

 今朝の朝日新聞、第一面トップの記事「縮む福島」を読んだ。正直なにを言いたいのかさっぱり分からない記事である。もーくんという5歳の子どもを登場させているが、老人施設を託児所経営の辺見妙子さんと訪れたところまでは分かるが、その「辺見さんにくっついて離れなくなった」とある。もともと辺見さんに連れて行ってもらったのだから、離れないのは当たり前。訪問先の老人と仲良くなって離れたがらない、というのなら話が分かるが。 私もときどきわけの分からない文章を書くときがあるが、注意していただくと分かるように、後から何回も見直して訂正しているつもりだ。大新聞のトップを任されたんだから、もう少し緊張感を持って記事を書いて欲しい。友人の記者さんには、そういう時は社のしかるべき窓口から具体的に指摘してもらいたい、と言われたが、あまり度々なので、そんな労を取る気にもならないでいる。どなたかこの記事を読んで、人間関係の捉え方がどうも分からないとお思いでしたら、私の代わりに、どうぞ社の方にメールしてください。
 ともかく「東日本大震災 4ヵ月特集」と銘打つ記事全体をさっと見たところだが、南相馬市の人口減少、いやもっと正確に言うなら町離れ減少、の原因・誘引の筆頭に挙げなければならないのが、いまだ見直しされない無意味な20キロ30キロの輪切りであることを、このブログでも再三指摘してきたところだが、それにはほとんど触れられないまま、情緒纏綿たる記事が連日報道され続けている。
 陣取り合戦じゃないが、放射線値が低く日常生活が支障なくできる場所でまずは元気に生活再建を展開し、徐々にその領域を広げていくことだ。ちょうど占領地域への入植を図々しく継続していくイスラエルの方法を逆利用、いや町再建のモデルとして採用すること。事実、この原町地区では既に市民たちの努力によって、その健康な皮膚再生の試みはかなりの実をあげてきているのだ。
 そういう地道な努力を、県外や県内に避難している元市民たちへ、まずは正確に伝えてもらいたい。たとえばここで何度も指摘してきたことだが、南相馬の持ち家が地震・津波による損傷も無いのに、ここより放射線値の高い県内陸部へいまだ避難している元・市民(いや住民登録のままだったら現市民だ)の声や姿を報じながら、先の矛盾に何の疑問も感じていないらしい記事を読むと、なんとまあ頭のいい記者さんだこと、自分の書いた記事がどんなに無意味なガセネタであることにも気付いていないらしい、と情けなくなってきます。
 だから爾来、子どもが登場する記事には特に警戒してます。大げさに不安を煽り立てる報道があるかと思えば、こうした小芝居じみたセンチメンタルな記事が多すぎます。先ほども言いましたように、私にはそんな批判メールを社に(一社だけではありませんぞ)送りつけるだけのエネルギーはありません。どうか元気な皆さん、よろしくおたのもうします、はい。
 数時間前に書いたばかりなのに、書かずにはいられず、緊急発進、いや発信しました(古いギャグですみません)。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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徹底討論、そんなの無理ムリ への4件のフィードバック

  1. 宮城奈々絵 のコメント:

    暑い毎日が続きます。先生、奥様、体調はいかがですか?
    熱中症には是非是非お気をつけ下さい…。入院してる友人によると、後から後からと熱中症患者が運ばれてくる、とのこと。怖いことです…。
    NHKの徹底討論、迷いましたが、きっと又苛々させられるだけだと思い、見るのを止めました。
    ある脱原発派の方は見終わって虚しさが胸に広がっている…と言われてました。残念ですが、それでも討論に上がり、放映されただけでも、以前に比べれば進歩なのかと思います。
    いつだったか思い出せないのですが、北海道で原発について住民説明会があった時、一人の女子中学生が大人に混じって参加していたそうです。
    彼女は「原発は安全だと言うけれど、燃料も廃棄物も安全かどうか監視続けるのは今の大人じゃない。私達子供や次の世代の子供達だ。そんなのに怯えて過ごすのは私は嫌だ」という主旨の発言をしたそうです。
    原発は安全だ、原発の電力が必要だと唱える方々は今しか見ていないのではないか…と発言を聞く時々に思います。
    私は、未来への、次の世代達への視点を失ってはいけない、と思うのです。
    未来への夢や希望が見えないような、そんな時を子供達に生きていって欲しくないです。
    大人の責任は重いな…と思います。

  2. 松下 伸 のコメント:

    原発推進派 様
    安全な原発を確信し、
    優れた能力、技術をお持ちの皆様。
    一日も早い福島原発の復旧に
    力を貸して下さい。
    福島県民だけでなく、日本中、いや世界中の人々が
    そう思ってます・・
    今議論は不要です。是非もありません。
    その「優れた」総てを、ここで惜しまず
    発揮して下さい。
    さあ、跳んで下さい。ここがロードス島です!
                      塵(イソップ)

  3. かとうのりこ のコメント:

    このごろはテレビの「徹底討論」も新聞の企画も(原発の話題に限らず)、
    賛成派反対派それぞれが自分の意見を主張するばかり、
    かみ合わない議論が続くばかりで、意見を異にするものへの敬意も足りず、
    止揚して(弁証法なんて古いでしょうか)よりよき着地点をさぐるという姿勢が
    ほとんど感じられないのがもどかしいです。
    私はテレビはみませんでしたが、特集サイトの視聴者からのコメントを読んで、
    暗澹たる気分になりました。

    また、私も同じ新聞を30年来読んでおりますが、
    今たのしみにしているのは池澤夏樹さんの月に一度のコラムぐらいです。
    そういった文章を載せるだけで新聞社としてはせいいっぱいなのでしょうか。

    早々と梅雨があけ、息をして活動するだけでもたいへんなきびしい気候です。
    どうぞくれぐれもご無理のないよう、お身体おだいじになさってくださいませ。

  4. いえねこ のコメント:

    こんにちは、毎日暑いですね。
    テレビの「徹底討論」をご覧になっての感想、お気持ち分かるような気がします。

    テレビのコメンテーターをされていたある方の著書に、テレビの討論会などは所詮出来レース、最初にディレクターから「これこれこういうことを喋って欲しい。こういう話は絶対しないで欲しい。」などと注文され、終われば敵同士だったコメンテーター同士、何故かにこやかに挨拶を交わし(それは悪いことではないかもしれないけど)、喋るな!と言われていたことを喋ってしまったその人は、二度と番組に呼ばれなくなったとのこと。

    最近はテレビも新聞も本当に見なくなりました。
    天災などの情報はテレビの速さにはかないませんが、ネットばかりというのも偏ってしまいます。電話で抗議しても、苦情係り(?)がハイハイ聞いているだけで、上にまで伝わらないとか…ただのクレームとしか思われないなら、言う労力がもったいない!

    一人一人の人間は、たいていは善良で、大震災の時には喜んで募金しているはずなのですが、組織や団体に属すると何故こうも、無責任、無関心、どうとでもなる!と開き直ってしまうのでしょうか?
    もちろん、自分もその人間の一人に過ぎないのですが…

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