震災後まもない五月初旬、郵便の配送が再開してすぐ、一通の分厚い封書が届いた。開けてみると小さな箱に入った印鑑、というより篆刻(てんこく)印と言うべきか、が入っていた。一辺が9ミリほどの四角の石に彫られた字は、「呑空(どんくう)」。ほとんど使わない私の俳号、というより我が賤(しず)が庵(いほり)に密かにつけた屋号である。
送り主で作者は、マコンド書肆主人・米谷勲氏。氏との最初の接触は、五年ほど前、私家本『スペイン文化入門』を注文されたときからではなかったか。その氏が2年前、労作『ガルシア・マルケスひとつ話』を贈ってくださったことから、『百年の孤独』などわが国でも数多くのファンを持つガルシア・マルケスの熱烈な読者であり同時に研究家・エッセイストでもあることを知った。発行元の書肆マコンドについてはこう説明されている。「マルケスに関するあらゆる書籍類を取り扱うことをめざし、2002年の正月休みに開店」とあり、その主人については「1960年青森県北津軽郡金木町(現在、青森県五所川原市金木町)生まれ。現在、妻と二人の子供、それに犬の一家(ポメラニアンのひな・ふう・みい・もぐ)と二世帯で神奈川県相模原市に住む」と書かれている。あれっ、歌手吉幾三と同郷だ!
確か氏は大学では化学を専攻し、本職は特許事務所にお勤めのはずである。その氏が篆刻もなさっているとは初耳であった。篆刻などと、あたかも知っているかのように書いたが、実は何も知らないに等しい。辞書で調べると、「石や木などの印材に字を刻すること。書画などに用いる印章に、多く篆書体の文字を刻するのでそう言う」とある。
で、その篆書とは「漢字の書体の一つ。春秋時代末(前5世紀)に完成した大篆と、それを簡略化した小篆とがあり、ふつうはこの小篆を指す」。読書人にとっては理想の趣味であろう。私もときおり、消しゴムなどを利用して蔵書印などを作ることがあるが、石に彫るなど夢のまた夢。羨ましいかぎりの高尚な趣味である。
それはともかく、今日また氏から、今度は二つも、前回の数倍も大きな篆刻印が贈られて来たのだ。勝手ながら氏の説明をそのまま書き写す。
「…『原発禍を生きる』の刊行を祝して(遅ればせながら)拙印二顆同封します…
<富士貞房>。先の<呑空>と一対になるように白文(地が朱色の印。逆が朱文)としてみました。本名の<孝>も彫ってみようと文字を眺めていると、<孝>の中に「子」のあることに気づき、これを<美子>さんの「子」に見たて、1顆の中に二人のお名前を刻みました。少し<孝>さんが強くなってしまったようです」。
お見舞いとお祝いに篆刻印をいただくことなど初めての経験。独りで楽しんでいるのは勿体なく、つい自慢がてらご披露に及びました。
初めて投稿させていただきます。
知人を通し先生のブログを知り、以前から一度投稿させて頂こうと思っていました。何故、今日投稿させて頂いたかと申しますと、昨晩の天体ショー(皆既月食)に感動したからです。20歳を超えた息子と共にショーの素晴らしさに感嘆していました。
本当に様々なことがあった一年でした。最後に天(神様なのか仏様なのかは小生にはわかりません)がくれたクリスマスプレゼントかなと感慨深げに観賞していました。北海道の地でも、東北の地でも、この東京でもそして、沖縄の地でも同じ「月」を眺めて入る方が数多くいるのだなと思いました。そして、月や星、そして自身に希望や思いを抱くのだなと思いながら、寒空の中、皆々様に思いを寄せていました。
佐々木先生、ご一家そしてこのブログのファンの方々のご健康とご多幸を、微力ながら祈り続けます。
山本三朗様
書き込みありがとうございます。本ブログへのアクセスは震災前に比べると確かに飛躍的に増えましたが、しかし私にとってそれはあくまで数字であり、どんな方々が読んでくださっているんだろう、ととても気になっています。今日もお一人、私の中で具体的な像を結んだ友人が出来たわけです。先輩(?)たちの勢いに負けないで、どうぞこれからも気楽に書き込んでください。他の方々もどうぞよろしく。