ばっぱさんの怒り

※五年前に作ったばっぱさんの文集(今となっては遺稿集)の補遺というか続編を作ろうとして遺品を捜していたら、以下のような文章が見つかった。久方ぶりのばっぱさん登場である。

(老人日記)其の三 「あいまい文化論」について

 今から七年前、平成八年度の吾峯会 [福島師範OB会] 県大会の開催の件について、理事として、最後の集まりに出席いたしました。会場は相馬市第一小学校でしたが、今にして尚その記憶にこだわりを持ち続けております。出席者の多数決により、相馬地区の会場は原町と決定される寸前に、私個人の意見で双葉会場を主張しました。理由は未だ双葉会場は一度もなく、原町は三度目になるからとのことでしたが、そのまま受け入れられず、双葉の受諾を待ってということになり、その日は解散になりました。
 其の後富岡会場ということに気持ちよく決定され、いよいよ当日を迎えたわけです。さてその日は天候にも恵まれ、相馬地区の応援出席により、他の会場に比べて二倍近くの数になり、主催者側も県役員の立場も大いに満足されたようでした。いよいよ当日の催しの中心となった客員講演の運びとなり、主題は二十一世紀を迎えるに当たっての、エネルギー政策は何としても、原子力に依存するのが理想であるという結論で終わりました。読売新聞社より派遣された解説員の見解として断言されたことに、さすがに胸中深く怖れていた私として、即座に質問に立ち上がりました。予想されない質問事項に当の解説員はあわてて「人命に対する影響と責任はどうなるのか?」ということに対して、あっさり簡単にも「注意する以外ありません」という答弁でした。例会に無い程の聴衆からは咳一つなく、何等反対意見も無いまま会は終わりました。さすがの私もあきれるより外はありませんでした。
 後日皮肉な感想文は、会報にも出す元気がなくなり、〝県文化センター”であいの会に短い文章を、影薄く出しましたが、これ又何の反応もなく、時と共にようやく最近になって、佐藤知事の東京電力への自主管理不信感のことばが繰り返されるようになりましたが、これまた〝あいまいさ″が感じられてなりません。吾峯会という名称で、未だに続けられている福島県の教育関係OB唯一の団体として、何の意見も反省もない音無しの構えに、いよいよ失望と自分の存在感に自信も無くしている此の頃、ふと日本民族の将来を考え、今こそ!という機会に、本棚から、はからずも出て来た書籍の部分コピーに、目が覚めたような感動を覚えました。
 それは、京大名誉教授、岸根卓郎氏の文明論に、日本人の「あいまいアタマ」が世界を救うという短い論説文を読んで、以前大江健三郎さんがノーベル賞を受けられた直後「あいまい日本民族論」にいたく共鳴した記憶が重ねて思い出され、この度、科学部門で受賞された日本人お二人という名誉を考えた時、いよいよ日本人が世界に貢献できるときが到来したことの自信と、科学と哲学・芸術・文化の部門を分けて考えられた岸根教授の西洋文明衰退論に加えて、物質と精神の壁を超えた「ファジー文明」の誕生に期待を寄せるべく、チャンス到来は逃してならない、今こそ政治的決断に「あいまい文化」を返上する貴重な世紀かと思われるのです。
 NHKドラマ「まんてん」の宇宙に生命をかけることの価値判断を含めて、日本人の左脳と右脳の使い分けによる選択判断を問われることを、九十歳老人の日記に記すべき課題かと、ひそかに思いを巡らす今日この頃です。

  (平成十五年二月一日)

            『であい』第二十九号、二〇〇三年三月一日

※愚息の付記  前半部の問題提起とそれが看過されたことへの怒り、さすがわが親と感動したが、これと後半部の「あいまい文化論」とが噛み合わず残念。政治的決断に「あいまい文化」を持ち込むなという論旨がぼけてしまった。確か提出前に原稿を見てくれと頼まれたのに「自分の文章に責任が持てなくなったら書くのはやめな」などと実に冷たい態度であしらったことが悔やまれてならない。実(げ)に後悔先に立たず!

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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ばっぱさんの怒り への1件のコメント

  1. 阿部修義 のコメント:

     原発事故が起きてからの原発反対論者は多いですが、恐らく大半の国民は「二十一世紀を迎えるに当たっての、エネルギー政策は何としても、原子力に依存するのが理想」だと思っていたんじゃないでしょうか。今から十年前に原発の安全性に対して問題提起されていた90歳になられたお母様の見識の高さには驚きました。

     後半部分の私の解釈ですが、今まで西洋文明が自然を征服するという考え方でやってきたことへの反省を踏まえて、日本が古来から培ってきた自然と一体となって調和していくという「物質と精神の壁を超えた」考え方にシフトしていくことの必要性を着眼されているように思いました。

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