第十巻の冒頭に「お久しぶりです。お元気でしたか」と書いてあるが、今回も同じ挨拶を言わなければならない。ただし前回とは違って、たいていの人にはその間の事情はお分かりいただいていたと思う。つまりその第十巻の印刷・製本・発送に没頭していたのである。
先日ここに書いた印刷本の宣伝効果は、と聞かれると、ちと辛い。新たに購買者目録に登録したのはわずか数人で、後は出るたびに注文してくれる人の顔ぶれは変わらない。実はそのことで落ち込んでいたのも事実。しかし私家本のうちの一冊の市販本への道筋をつけ編集も引き受けてくださっているJ.I氏の、いつか「佐々木孝全集」が編まれる日が来ることを夢見てます、という励ましの言葉や、またもや8冊もの大口注文をしてくださったH.Sさんや常連の愛読者(?)皆さんの応援で、すぐ立ち直った。落ち込むのも早いが、立ち直るのも早いのである。
もちろん注文はなさらなかったが、無言で、毎度しっかりと私のメッセージを受け止めてくださっている多数の方の存在を忘れていたわけではない。だいいちこのモノディアロゴスは他人のためというより私自身が生きるために必要だから書いているわけなのだから。(さはさりながら……)
大言壮語と笑われること必定だが、私が密かに(と言えば既に密かじゃないが)目論でいるのは、私の死後いつか正当に評価されること(わーお!)、そう21世紀のピープスになること。
ピープス(Pepys, Samuel, 1633-1703)など知らない人も多いと思うが、彼が暗号を使って書いた膨大な量の「日記」が死後一世紀以上も経ってから解読出版され、世紀の奇書として今も、何と日本語訳も出ているほどの超ロングセラーになったイギリスの政治家である。彼は政界裏話や房事の秘め事まであからさまに書いたので有名になったが、私は暗号で書くほどの覚悟、つまり他人に読まれることを忌避するわけでもなく、できれば生きている間も理解者が欲しいなどと贅沢を言っているわけで、何とも中途半端な姿勢で書いている。
ただしピープス氏は他人に読まれることを欲していなかったなどと早合点すべきではない(ときにそういう解説も見られるが)。たとえ暗号を使おうが、書くと言う行為そのものはいつか必ず自分を正当に評価する人が現れることを、むしろ激しく求めていたからこそに違いないからだ。
ともあれこの第十巻はこれまでのものと違って、或る種の統一感があるのではと傲慢にも自負している。さらに傲慢に言わせてもらえば、統一感だけでなく全巻を通して読んでもオモシロイ。随所に鏤(ちりば)められた駄洒落・オヤジギャグが重い主題に或る種のアクセントをつけて読みやすくしている。決めた!、しばらくこの路線を走ってみようっと。
実は報告すべきことがいくつかあったのだが、今日は滑り出しの初めとしてここまでにしておこう。最後にしつこいようだが、送料300円なりを引くと、実質550円の大特価です。一枚一枚手織(折)りの掘り出し物どっせ、いや違う、掘り出し物だっせ? なんだか分からなくなった、掘り出し物だどー!
と、馬鹿なこと書きながらも、今ごろソウル大で行われているはずのシンポジウムのことを考えてます。私の代わりに出席するはずだったヒョン・ジニ先生がお母様の介護の都合でどうしても出席不可能となったが、代わりに御大・金教授がすべて取り計らってくださるので大安心ではある。しかし私のメッセージが参加者の皆さんにどう届くのか、それがやはり心配なのです。私のメッセージの冒頭に加えてくださいと頼んだ、先日の高校生たちの海難事故への哀悼の言葉がはたしてうまく伝わったか、それも心配。落ち込んだり取り越し苦労をしたり、貞房さんまだまだ修行が足らんぞなもし。ごもっとも。
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※本文中の太字、朱書き、アンダーライン、マーカー等の処理はすべて、死後、息子によって為されたものです。
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第十巻の「東日本大震災・原発事故を被災して」を拝読して感動しました。三ヵ国語学院を二十一世紀中に南相馬市に実際に設立させることを私も切望します。中国、韓国、日本が二十一世紀のアジアを先導して行かなければならないのに、領土問題や戦時中の遺恨を引きずっていても仕方ありません。お互いの国益という外的な面ばかりに貪欲になっても平和は来ないと思います。奪い合いから譲り合う心という人間の内面を双方が着眼することこそ賢明な選択なんじゃないでしょうか。永遠とか普遍ということを掘り下げて考えると、利己的なもの全ては長続きしないし、利他的なものに永遠とか普遍というものが内在しているように私は感じます。先生の考案された三ヵ国語学院には、そういう意味合いが含まれているように私は感じます。