頑張るよりしょうがねえ

一昨日の夕方、帯広の健次郎叔父さんから電話があり、その夜の十一時から2チャンネルで南相馬についての番組があるよ、と教えられた。いつもなら叔父さんには悪いが空返事でほとんど見ないできた。見たとしてもそのセンチメンタルな作り方に腹立たしくなったりバカらしくなったりして最後まで見ることはなかった。しかし一昨夜のものは老々介護という身につまされる話につられて、珍しく最後まで見ることになった。おかげさまでいい番組に、そしていい人に出会えた。
 桑折馨さんと言う86歳のおじいちゃんが、体の不自由なタキ子おばあちゃんを介護する日々を追ったドキュメンタリーである。一人息子を津波で失ったおばあちゃんは、息子のことを思い出すたびに泣いている。
 そんなおばあちゃんを励ますために彼は思い切って新しい家を建て、一緒に暮らすことを決意する。それまでも日に三度、おばあちゃんを病院に見舞って食事の介助をしてきたが、いずれ退院しなければならず、職員払底のためもあって介護施設に入ることもできず、かといって借り入れ住宅では介護が難しい。おじいちゃん自身、脚と腰が悪く、杖や歩行器に頼らなければならないからだ。ある日、二人の間にこんな会話が交わされる。

「頑張るよりしょうがねぇ。な? 一緒に頑張ろぅ!」
「・・・・・頑張れねぇ・・・・」
「いやぁ!頑張れねぇじゃなくょ? “頑張ります!” な?」
「・・・・・・・・」下を向いたままのおばぁちゃん。
そして小声でつぶやく。
「・・・・・・・死ぬよりほかねぇ・・・・・。」
「死ぬほかねえのはいいんだけど死ぬまで大変だべ。・・・・・頑張るよりしょぅがねぇんだ。」

 この場面を思い出すたびに涙が止まらなくなる。おじいちゃんも必死だけれど、おばあちゃんがあまりにもいじらしく可愛いいからだ。可哀想なんて段階をとっくに通り越している。家の美子は一切の言葉と体の動きを失ってしまったが、もしかしてときどきこのおばあちゃんと同じ言葉を呟きたくなるのではないか、と……今もこの情景を辿りながら涙が止まらなくなって一時中断した。
 画面の途中で総選挙風景や、増設される介護施設の状況などが点綴(てんてい)される。安倍首相の演説のなんと空しく響くことか。復興とは名ばかりの掛け声だけの政治、オリンピック開催のとばっちりを受けて建材や人手不足がこんな田舎まで波及して、おじいちゃんの新築計画が大幅に遅れ、施設には風評被害のために若い介護職員が集まらない。公共放送の制約のためか批判めいたナレーションは一切ないが、画面を見るだけで何を言いたいのか痛いほど伝わってくる。
 心配していた通り、おばあちゃんは新居完成を待たずに亡くなってしまう。ここまで痛めつけられても、おじいちゃん、おばあちゃんの思いを胸に「頑張るよりしょうがねえ」と呟いて今日もこの南相馬のどこかで生きているはずだ。
 今月十三日(土)深夜零時から三回目の再放送があるそうなので、見逃している方はぜひ録画するなりしてご覧ください。
 思い出すたびに涙が止まらなくなるのは、確かに我が身に引き換えて見たせいかもしれないが、しかしこの二人の人間性に強く共感し感動したからである。これからも二人の姿を思い起こすたびに新たに勇気と希望が湧いてきそうだ。美子も私もまだまだ元気、そう、頑張るよりしょうがねえ。

※追記 なぜ泣けてくるのか、その理由が分かった。タキ子おばあちゃんの「…頑張れねぇ…」という言葉だ。真っ正直な、掛け値なしの真実の言葉である。「おじいちゃん、もうずいぶん頑張ったよ。もう頑張るのよそうよ」と言ってるのだ。物凄く優しい、女性らしい言葉だ。でも生きることはそもそもが頑張ること。たいていの人間は惰性で生きている。おじいちゃんは、このタキ子さんの言葉を聞いて、実は逆に大きな勇気をもらっている。こんな可愛いおばあちゃんのためにも生きなければ、と思っている。
 もっとも助けを必要としている弱者を切り捨てるような政治屋、このおばあちゃんの切実な叫びをしたり顔で説諭しようとするすべての似非人道主義者など、…犬にでも喰われっちまえ!

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
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頑張るよりしょうがねえ への3件のフィードバック

  1. 阿部修義 のコメント:

     この番組は私も視聴しましたが、先生の文章を拝読していて、2012年11月22日「塹壕の中の一輪の花」で言われていたことを思い出しました。改めて勇気と希望の根源がどこから生まれて来るのかを教えられた思いです。人生のあらゆる辛酸を嘗め尽くされ、それでも「頑張るよりしょうがねえ」と言い切られている言葉に桑折さんの並々ならぬ生きることへの覚悟と真剣さが伝わってきました。番組の後半で原発事故と津波で全財産をぶっ壊された体験をした者でしか、この気持ちはわからないと言われた言葉の重さ、それでも「頑張るよりしょうがねえ」と笑顔で言われていたお姿に、私も勇気と希望が湧いてきました。余談ですが、「頑張るよりしょうがねえ daily motion」で検索すればパソコンでもこの番組を視聴できます。

  2. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    阿部修義さん、daily motionの情報どうもありがとうございます。さっそく検索して見ることが出来ました。これでいつでも馨さんとタキ子さんに会うことができます。

  3. 守口 毅 のコメント:

    佐々木兄い 殿
    13日のETV再放送で見ることができました。
    桑折馨氏の姿に最も崇高な男の姿を発見しました。頑張るって”耐える”だけじゃない、なんという”切り拓く力”でしょう。私など到底足元にも及びませんが、15年後の理想像として歩んで行こうと心に刻みました。それからタキ子おばあちゃん。日本舞踊のお師匠さん。ビデオの姿が美しかった。おじいちゃんが惚れるの無理はないです。私は相馬野馬追に2度出かけましたが、あまりに男の祭りであり、一方的な感じを持っていましたが、兄いのブログの相馬民謡の美しさと、祭りの合間に挟まれるご婦人の踊りの美しさが、タキ子おばあちゃん御ひとりを知ったことによって、いっぺんに具体的に感じ取ることができました。これは嬉しいこと!
    よくぞ再放送、教えてくださいました。感謝です。

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