実にトリビアルなご報告

前回に続いてまたもや景気の悪い話で申しわけないが、今日は難聴の話である。私より明らかに年上なのに耳が遠くない老人に会うと羨ましいなあと思う。つまりその違いは歳のせいだけでなく、何か他の理由があるはずだからだ。私のはいわゆる難聴の段階で言えば第一段階(と言うのかな)から中段階にかけてのあたりらしいが、これは左耳のことで右耳はもっと進んでいる(かも知れない)。
 以前ネットで購入したニコンの補聴器がすぐ壊れ、修理に出してもまたすぐ聞こえなくなった苦い経験から、高額の補聴器を購入することはやめて、代わってレンタルのものを使っている。調子が悪くなったときは店に持ち込んで調整してもらう。面倒くさいと言えばそうだが、でもニコンの場合のように修理に出してもすぐ壊れるよりはずっとましだ。
 現在使っているのは小さなドングリほどの大きさで、耳掛け式のわずらわしさが無い代わりに耳穴から落ちたり失くしたりする危険がある。最初は下部にある小さな輪っかに輪ゴムを通して耳に掛けるようにしていた。これだと確かに目立たないし、落とした場合でも少しは探しやすい。しかし補聴器も輪ゴムもあまりに軽いのでやはり何かの拍子に落とす危険がある。
 先日そんなことをつらつら考えていた時(暇でんな)、いいことを考え付いた。そうだ目立たない色の絹糸を二本撚り合わせ、一方を補聴器に、もう一方を例えば和同開珎銭(古いでんな)みたいなものに繋いで、それを胸ポケットに入れておいたらどうだろう。さっそく机の引き出しなどを探索した結果いいものが見つかった。先日安倍三崎さんからサラマンカ土産としてもらった四個の直径3センチ5ミリほどのブローチ状のものはどうだろう。おそらくウナムーノ記念館で売られていたものではなかろうか、ウナムーノをモチーフにした、まずは彼の似顔、彼が使ったらしいタイプライター、彼の得意な折り紙、そして彼のメガネが黒字に白い線で描かれている。もちろんバスク人特有の鷲鼻の彼の似顔絵を使おう。
 かくしてウナムーノが心臓近くに常に鎮座ましますというありがたい仕掛けが出来上がった。ところが半日ほどそうして身に付けたあと、とつぜんあることが心配になってきた。つまりそのメダル状の土産物の説明文をよく見ると、IMANES UNAMUNO とあるではないか。つまり磁気を帯びたメダルで、要するに鉄製のボードなどに紙片などを留めるものらしい。心配なことというのは磁気が身体に及ぼす害についてである。急いでネットで検索してみると、磁気が身体にとって有害であるという記事が見つかった。磁気と言っても極く弱いものだし心配するにはあたらないかも知れないが、現在全身に皮膚炎が広がっているので、微小の磁気でも用心したい。
 今度は二階の机のところにまで探索範囲を広げて、そこでちょうど良さそうなものを見つけた。直径4センチほどのいぶし銀まがいのメダルである。どこで買ったか、誰からもらったか、全く記憶にない。ともかく先ほどのウナムーノより少し重く、大きさもちょうど良い。どちらが表か裏か分からないが、一面には井桁状のたぶん十字架、もう一面にはIHSの文字が刻まれている。当然これはイエスを意味しているはずだが、なにせ近くに住みながら教会から遠ざかっている今の私にはちと自信がない。こういう時、ネットで検索するとたちどころに答えが見つかる。例えばこんな風に。

イエス=キリストは、ギリシア語では、Ιησουs Χριστοs と書くようです。それをラテン文字に直すと、Ihsouz Xristoz となり、その最初の3つの文字IHSをとったものです。ただ、もう一つの説があります。IHSは、ラテン語の「人類の救い主イエス」(Iesus Hominum Salvator)の頭文字だとも言われる場合があります。
 さらに、こう書いてある場合もあります。ラテン語で「イエスは我らとともにあり」(Iesum Habemus Socium)の頭文字だとされています。

 ちなみにこのIHSの上に小さな十字架、そしてその下に三本の釘が図案化されたものがイエズス会の紋章と出ていた。五年間ご飯をたべたところなのに、そんな紋章については教えられなかったか、教えられたのに完全に忘れたか。
 ともあれ今度はイエス・キリスト様が常にわが心臓の傍近くにおられるわけで、恐れ多いことこの上ない。これで少しは信心深くなるかも知れない。
 補聴器の相方探しのついでに、二回の廊下隅から懐かしいものも見つけてきた。これについてはどこかで書いたような記憶があるが、ともかくむかし九十近くのばっぱさんが何を血迷ったかテレビのコマーシャルを見て買う気になったものだ。もちろん実際には使わなかった、いや使えなかったと思う。Lateral thigh trainer、つまり足踏みステッパーである。これを二階から下まで両手で持って急な階段を下りたあと、もし階段の途中でコケて下まで落ちたら間違いなく骨折、下手すると病院行きだった、と考えて怖くなった。そんな歳になったのだ。家の中で骨折する老人などわんさかいる。いわきの姉も最近骨折して只今入院中らしい。クワバラ、クワバラ!
 以上すべて景気の悪い話に終始しました。次回はもっと明るい建設的な話にしましょう。

※二階の机周辺の捜索でもう一つ戦利品があった。小さな万歩計である。いつ買ったものか、これもすっかり記憶から消えていたが、使わなくなった集音器のボタン電池に合うものがあったので入れてみたら動き出した。さてこれで一日どれだけ動き回るのか調べてみよう。今度の皮膚炎にしてもストレスと運動不足が大いに関係していると思われるので、この万歩計を身につけることで少し運動不足に意識が向かうようにしよう。これまたみみっちい(トリビアル)な話で恐縮です。

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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実にトリビアルなご報告 への3件のフィードバック

  1. 阿部修義 のコメント:

     文章を拝読して、なぜか小津安二郎監督の「東京物語」が思い浮かびました。考えてみれば、一人の人間にとって、森友、加計問題などどうでも良いことで、日常の「トリビアル」なことが重要であり、絶え間なく流れていく日々の中で、それらが本人の大切な思い出であり、生きがいになっていて、「東京物語」で小津監督が表現したかったものも、「トリビアル」なことだからこそ人生の真実にリアルに迫ることができたのではと私は感じます。二歳年上の迪子お姉さまのご入院で先生もご心配されていると思いますが、先生の難聴は補聴器に任せるにしても、皮膚炎が一日も早く治癒されることを祈っております。斎藤高順作曲の「東京物語」のテーマ曲を聴きながら、先生の文章を拝読することが私の最近の習慣になっています。

  2. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    阿部修義様
     いつもいつも温かなメッセージをありがとうございます。斎藤高順作曲の「東京物語」の主題曲、さっそくユウチューブでみつけました。貴重な情報感謝します。どこかでもう書いたことですが、私の理想は笠智衆さんみたいな老人になることでしたが、体型も性格も違っていて、むしろただ馬齢を重ねただけの寅さんになってしまいました。

  3. 阿部修義 のコメント:

    貞房先生

     お返事ありがとうございます。小津監督がこんなことを言ってました。私は、この言葉に小津安二郎の人間を観る目の確かさを感じます。

     「笠は人間がいい。人間がいいと演技にそれが出る。」

     私の近所に熊谷守一美術館があります。たまに出かけることがありますが、この人がこんなことを言ってたのを思い出しました。

     「上手なんていうのは先が見えてしまう。下手な方がスケールが大きい。」

     その道の達人は、外見や小手先の器用さではなく、そのものの本質を見抜く力が備わっているように私は二人の巨匠の言葉から感じます。

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