20. E. カルデナル著『深き淵より』評(1979)


E. カルデナル著『深き淵より』評

外なる敵を撃ち、つき抜けて、神へ

  エルネスト・カルデナル著 倉田 清訳『深き淵より』――現代の詩篇



 ニカラグアの詩人エルネスト・カルデナルの本邦初訳の詩集である。副題に「現代の詩篇」とあるが、原題はもっと簡潔直裁に『詩篇』である。ラテン・アメリカの作家たちの紹介は最近わが国でもかなり広範囲に進められているが、ニカラグアの詩人となるとほとんどなされていない。しかしスぺイン文学を少しでもかじったことがある人なら、ニカラグアと聞けば、ウナムーノたちいわゆる「九八年の世代」と雁行したもう一つ大きな文学の流れ「モデルニスモ」の指導者が、ニカラグア出身のルべン・ダリーオ(一八六七~一九一六)であったことを想起するであろう。
 ところで詩人の苗字カルデナルは枢機卿を意味する。しかし実際の彼はカトリックの神父ではあっても、高位聖職者ではない。はじめ彼は独裁者ソモサに対する抵抗運動に挺身する若き革命家であった。それが一九五六年、三十一歳のとき、とつぜん悟るところあって、アメリカ合衆国ケンタッキー州にあるトラピスト修道院の門をくぐる。修練長はわが国にも『七重の山』その他の著作をもって知られるトマス・マートンてあった。しかしこの回心によってカルデナルは革命運動から離れたのではなく、むしろ彼の「革命」を一層深化させ広げることになった。そのことは本詩集からも充分読みとることができる。
 ここに収録されている二十五の詩篇にはすべて番号が打たれていて、それが旧約聖書の『詩篇』にそれぞれ照応している、というよりそれと不思議な共鳴音を発している。つまり旧約の詩篇を現代のニカラグアで読めばこうなる、という見本を示している。もちろんこれはたんなる置き換えではなく、そこには信仰者としての深い読みと同時に、現代に生きる詩人としての見事な独創が見られる。
 ともあれ、彼の回心は彼の中の革命家、抗議する者を抹殺するようなことはなかった。本書のいたるところに炸裂する怒りと抗議の叫びは、ありきたりの革命詩人のそれよりはるかに激しく、そして重い。もしもこの詩篇に使われている一つひとつの言葉を分析し、その使用頒度を調べるなら、いわゆる左翼詩人、革命詩人と何ら変わるところはないであろう。
 比較は少々唐突かも知れないが、両者の関係は、ルージュモンがその著『愛について』の中で取りあげた宮廷風恋愛を歌う詩人とキりスト教神秘家、詩人のそれとの関係に似ているかも知れない。つまり使われている言葉は同じだが、その使われ方が逆方向、というよりその射程距離が違っているのだ。前者が人間の愛をいわば神格化せんとして愛の言葉を用いるのに対して、後者は神の愛を語らんとして愛の修辞法を用いる。そしていわゆる革命詩人は抗議と怒りの叫びをひたすら外なる敵に向けて放つのに対して、回心した革命詩人のそれは、外なる敵を撃ち、さらにそれをつき抜けて、神への抗議となる。「わが神よ、わが神よ、なぜ,私を見捨てたのですか」、「主よいつまで、あなたは中立なのですか」。しかし神に対する抗議は同時に、内なる神への抗議、さらにはおのれ自身への抗議でもある。そこが精神の力学の摩訶不思議なところであろう。詩人が抗議の叫びを発する「深い淵」の精神的境位も、まさにこの絶えざる上昇運動と下降運動が渦巻く淵ととらえるべきである。
 カルデナルの構築する詩的世界は深く、そして広い。現代ニカラグアの政治悪の世界から、宇宙塵の渦巻く世界創造の瞬間までも包含する。宇宙全体、そして「自然」もまた神の御業、「主の至聖所」である。しかしカルデナルの詩篇がわれわれの胸を打つのは、現代の政治悪、不正を摘発する激しい抗議の叫びが、この至聖所とその造り主をたたえる「ハレルヤ」によって相殺されないというところにあるのかも知れない。つまり回心した文学者にえてして見られるように、ありがたくなって怒りを忘れるようなことがないということだ。
 「私はつねに錬金術的で晦渋な、あるいは難解な詩ではなく、民衆に理解できるような詩を書こうと努めている」。これは解説文に引用されている詩人自身の言薬であるが、事実、カルデナルの詩は明快かつ平明である。現代詩を読みなれた読者には、それがいささか物足りない感じを与えるかも知れない。しかし、いまなお苦しんでいるラテン・アメリカの民衆にとって、これら詩篇は、重い実質を内包しているのである。それはキリスト教的伝統の有無の問題であろうか。そうではあるまい。なぜなら、わが国と同程度にキリスト教的伝統の浅い韓国にも、キリスト教的愛と革命を民衆の言薬で歌う金芝河のような詩人が存在するからである。その意味で本詩集は、惰眠をむさぼっているかに見えるわが国のキリスト教界に強力なカツを入れてくれるに相違ない。 (四六変型・160頁・1,000円、ヨルダン社)


「本のひろば」、1979年6月号