或る無責任な対話

「なんだい、浮かぬ顔して。やっぱ籠城生活に疲れたか?」
「いや、もともと出不精だから、籠城そのものに疲れてるわけじゃないけど、でもこう先行き不透明だと気が滅入るね」
「でも君はGさん宛てのメールに書いたように悲観論的楽観主義者、つまり根っこは楽観主義者なんだろ?」
「それはそう。今回のことで驚いたのは、日ごろは楽観的な人たちが根っこでは悲観論者だったということ。人間て分からないもんだね。それはともかく今日で事故発生後二十二日目だぜ。これから日本はどうなっていくんだい、というより原発事故はどう決着するんだい?政府要人や不安院、おっと間違えた保安院からは、少なくとも私の見たり聞いたりした限りでは、今後の見通しなるものは一切口にされていないね」
「要するに見通しがつかないほど事態は深刻と受け取られても仕方ないね。今朝見た衛星放送でも、アメリカ初め世界はみなそう睨んどる。もう各国で、日本からの商品の輸入禁止や制限が始まってるね」
「ギョーザ事件のときの中国人たちの気持ちが今は良く分かるね」
「よしっ!」
「なんだい急に」
「こうなりゃーこの私めがみなに代わって大胆予想をせざるを得ないな。もちろん政府と違って、あとから責任問題なんぞに発展する気遣いなどないから気楽なもんさ」
「いいのかいそんなこと言って」
「いいさ、こんな私の言うことなんざ、もともとだれも信じちゃいないんだから。さてどこから始めよか。そっ、現在漏れ出ている高濃度の放射能のことだけど、一時的にせよ封じ込めるのにあと一ヶ月、そして福島原発を完全に廃炉にするのにあと一年」
「まてまて、あのチェルノブイリを完全に廃炉にするのに六年かかったというぜ」
「それは昔のこと、とにかく廃炉にするため恥も外聞もない、世界各国からの助っ人も動員して、ともかく無人ロボットは言うまでもなく現代科学の粋をすべて投入すればチェルノブイリの六分の一はけっして暴論じゃない」
「でもその間、周辺地域の住民はずっと避難所生活を続けなきゃならないのかい?」
「いやいや、さっき言ったように一ヶ月後は一応は放射能漏れは収まるのだから、避難している住民はわが家に戻っても危険じゃなくなる」
「そーかい、でも戻ったとしても農業や牧畜業は致命的な被害を受け、もう土地そのものが使い物にならなくなるって言う人もいるぜ」
「それはあまりに悲観的だね。確かに放射能に対して人体はその自然治癒力を発揮できないとは言われてはいるけど、しかし土地についてもそう言えるかな。だって広島や長崎のこと、考えてごらん? 一時期まで、被曝した土地には以後いっさいの植物は生えないと言われていたんだぜ。私も六十年代に三年ほど広島に住んでいたけど、これが被曝した土地だろうかなど、八月六日の記念日以外、まったく頭に思い浮かばないほど、何本ものきれいな川の流れる緑豊かな町だったぜ」
「へーえ、君の言葉を聞いてると、少し元気が出てきた。なんだか君の姿が虹色の作業服を着た国家安全絶対確実保障保安院の頼もしい報道官に見えてきたぜ」
「でもその君は、そして私は、どっちの君でどっちの私?」
「…………」

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学などの大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、宮城県立がんセンターで死去(享年79)。
カテゴリー: モノディアロゴス パーマリンク

或る無責任な対話 への2件のフィードバック

  1. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    佐々木先生
    cc岩間さん

    はじめまして。
    大阪府立大学の足立と申します。中学校の同窓生である岩間みどりさんから、私が同級生に送りましたメールを、先生に直接送ってほしいとの依頼がありました。
    先生のブログに対するコメントを、著者に送るというのは、何とも恐縮の次第です
    が、昔(なんと45年前)あこがれの彼女の依頼ですので、その指示に従います。
    私たちは、大阪府高槻市富田町にあります高槻市立第4中学校の昭和40年度(1966年3月)卒業生です。昨年が満60歳ということもあり、11月に還暦同窓会を開催しました。そのときはこのような大災害が起こるとは、これっぽっちも考えず、皆で学生時代に戻りワイワイとメールアドレスの交換をしていました。そして、今回の震災、津波、原発事故(これは人災)です。
     幸い、同窓会開催のために作成した名簿では、千葉県から以北に住んでいる人はおりませんが、岩間さんをはじめ8人の同窓生が栃木、群馬、東京、神奈川に住んでおります。震災後、岩間さんから先生のブログを読んでほしいとのメールがとどき、恥ずかしいことですが、そのとき関東の同窓生のことを思い出しました。TVで流れる東北の津波被害と福島の原発事故に圧倒されてしまい、同窓生の事を失念していたしだいです(ほんとうに恥ずかしいです)。
     先生のブログを読ませていただき、また、原発事故の深刻さを考えると、関東地方の同窓生とインターネットによるネットワークを作っておくことが必要との考えに至りました。そこで、アドレスを交換した26名(少ないですが)のメーリングリストを作成し、関東在住の同級生と情報交換ができるようにしました。そのメーリングリストのメンバーに、先生のブログに対するコメントを送ったしだいです。
     原発はまだまだ予断を許さない状況です。一刻も早く、事態が収束しますように、そして先生と先生の奥さまが無事で過ごされますように、心からお祈りいたします。
    —–Original Message—–
    From: Motoaki Adachi [mailto:adachim@chemeng.osakafu-u.ac.jp]
    Sent: Thursday, March 31, 2011 8:50 PM
    To: 足立 元明 (adachim@chemeng.osakafu-u.ac.jp)
    Subject: 佐々木先生の対応は大変参考になります
    岩間様
    4中の皆様

    足立です。3月29日の佐々木先生のブログを読みました。正直、びっくりしました(もちろん、いい意味です)。私は、大阪府立大学に移る前に大阪府立放射線中央研究所という研究機関に勤めていました。名前からわかるように放射性物質を扱う施設があります。このため、放射性物質の扱い、放射性物質で汚染した時の対応などの安全管理教育を受けてきました。放射線防護の専門家ではないですが、一応、放射線取扱者の教育を受けた私から見ても、佐々木先生の対応は素晴らしいの一言につきます。
    「環境放射能測定値(一時間毎に発表されている)、飲用水放射能測定結果(私が把
    捉できるそれは1,2日遅れだが)、そして東北地方全体の風向きをたえずチェッ
    ク」これら情報に基づいて、外出する!実際、町でさまよう老犬を発見されて、ペットフードを愛犬家のために集められたとか・・。
     そうなんです、放射線は勘所を押さえれば、そんなに怖いものではないのです。
    避難所生活と屋外退避圏内の自宅での生活、どちらが今後、人々に健康被害をもたら
    すか?現時点では、圧倒的に前者のリスクが高いです。先生の的確なご対応は、関東の同級生や関西の我々にとっても大変参考になります。(本当に、文系(スペイン思想)の先生ですか?考え方は、非常に科学的です)佐々木先生の下記ブログ、当分目が離せません。http://monodialogos.fuji-teivo.com/

    *******************************************
    〒599-8531大阪府堺市中区学園町1-1
    大阪府立大学大学院工学研究科物質・化学専攻
    化学工学分野
    足立元明
    TEL/FAX:072-254-9815
    E-mail:adachim@chemeng.osakafu-u.ac.jp
    部屋:B5棟5B40室
    ******************************************

  2. suzuki sirou のコメント:

    小生は郡山在住の精神科医です。佐々木さんの生活ぶりに感心しました。頑張ってください。

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