被災者目線

「どうした、また浮かぬ顔して? さすがに疲れたかな?」
「さすがに、ってどういう意味?」
「おや今晩はいやにからむね? さすがに、っていう意味は…」
「いいよ今さら弁解しなくっても。つまり緊急時避難準備区域の証言者として発信することに疲れた、というより飽きてきたということだろ? でもだれが頼んだわけでもなく、いわば自分から進んでその役を引き受けたんじゃない? 疲れたら休むし、飽きたらやめたらいいんじゃない?」
「もちろんそのつもりさ。それに避難準備区域なんていったって、何度も言ってきたように、今じゃまるっきり無意味な名称になってしまったんだもね。話は急に変わるが、先日、偽校長の挨拶と偽市長の宣言をそっくり転載させてくれという奇特な方がいてね、もちろん喜んでOKしたが、どんな人がそんな不思議なことをするのか、調べてみたら運よく見つかった」
「へーえ、どんな人?」
「どんな人か僕にもよく分からないが、ともかく女の人らしく、crazy*3というなかなか面白いページを作っている。で僕のものを転載しているかと思えば、いちばん新しいページには5月23日参議院行政監視委員会の動画まで見れるようになっている」
「へーえ、君と違ってインターネットの利用の仕方はプロ級だね」
「で、その委員会には小出裕章、後藤政志、石橋克彦、そして孫正義という四人の参考人が呼ばれていてね…」
「私は最後の孫さんしか知らないね」
「私もそうだが(あっこれ当たり前だよね)、ブログでは小出なんとかという人の発言が動画で見れる。議員さんたちに今度の事故がどれだけ深刻なものかを実に分かりやすく、スライドも使いながら説明していくんだが、聞いていてだんだん腹立たしくなってきた」
「どうして? 原発容認派の議員さんを存分に脅せばいいじゃない」
「いや彼だけでなく、これまでいろんな人が原発事故とその被災地、被災者のことを解説したり説明したりしてきたけど、被災者の目線で発言する人は皆無と言ってもいいね。」
「国や東電を批判してるんだからいいじゃない」
「いやいや、IAEAの天野さんのときも言ったけど、事故責任者に対する鋭い刃先は、同時に被災者にも向けられてしまうということに気付いて欲しい。たとえば小出氏はこう言っている <事故によって失われる土地というのは、もし現在の日本の法律を厳密に適用するなら、福島県全体と言ってもいい広大な土地を放棄しなければならない。それを避けようとすれば住民の被曝限度を引き上げなければならない…これから住民たちはふるさとを奪われ、生活が崩壊していくことになるはずだと私は思っています。>」
「おやおやずいぶん暗い未来図を掲げましたね」
ふざけんな、と言いたいね。代議士先生たちを前に滔々と歯切れよく演説をぶったつもりだろうが、てめえは被災者が今どんな気持ちで毎日を送っているのか少しでも考えたことがあるのか聞きたいね。てめえが全滅と抜かしおった福島県で、こうして元気に生きているし、これからだって生き抜いてみせるぜ。ただちに健康に被害はない、と言われる放射線の中で、ちょうど酷暑や極寒、旱魃や洪水にも耐え抜いてきた先祖たちに負けないくらいしたたかに生き抜いてやらーな
「おやおや急に元気になったよこの人」
「この人って僕のこと?」

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佐々木 孝 について

佐々木 孝(ささき たかし、1939年8月31日 – 2018年12月20日)は、日本のスペイン思想研究者。北海道帯広市生まれ。2歳から引き揚げまでの5年間を旧満州で暮らす。1961年上智大学外国語学部イスパニア語学科在学中にイエズス会に入会。5年半の修道生活の後、1967年同会を退会、還俗する。同年上智大学文学部哲学科卒業。1971年清泉女子大学講師、助教授を経て、1982年教授となる。1984年常葉学園大学(現・常葉大学)でスペイン語学科の草創に参加。1989年東京純心女子短期大学・東京純心女子大学(現・東京純心大学)教授。その間、講師として専門のスペイン思想、スペイン語を東京外国語大学、駒澤大学、法政大学、早稲田大学など他大学でも教える。2002年、定年を前に退職、病身の妻を伴い福島県原町市(現・南相馬市)に転居。以後16年にわたり、富士貞房(ふじ・ていぼう、fuji-teivo、――スペイン語のfugitivo「逃亡者」にちなむ)の筆名で、専門のスペイン思想研究を通じて確立した人文主義者としての視点から思索をつづったブログ「モノディアロゴス(Monodialogos: ウナムーノの造語で「独対話」の意)」を死の4日前まで書き続けた。担当科目はスペイン思想、人間学、比較文化論、スペイン語など。作家の島尾敏雄は従叔父にあたる。 2018年12月20日、死去(享年79)
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被災者目線 への1件のコメント

  1. アバター画像 fuji-teivo のコメント:

    すげーっ!フレンドリー・ファイアーね、いい言葉教えてもらいました。誤爆、援護のつもりが逆に友軍を撃ってしまうことね。私が漠然と思いついた言葉は「獅子身中の虫」というきつい言葉だったけど、これだと援護の気持ちはもともとないことになりますからね。そう、援護の意図があることは分かってるんですよ。でも味方と思ってる人にも、こちらの真実が見えてないと悲しみは倍加して、ついには説明のつかぬ怒り、ときには底知れぬ絶望に変わっちゃいますよね。

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