先月中旬に緊急来日したオックスフォード大学のウェード・アリソン名誉教授は南相馬にも来たらしい。彼の主張が池田信夫という人のブログ(原発の被災者は帰宅させよ)のYouTube動画で公開されている。池田氏のまとめたアリソン教授の発言大意は次のようになる。
「被災地に見られたのは被曝の恐怖。問題は被曝自体ではなく、被曝の恐怖。これはICRP(国際放射線防護委員会)の勧告が誤っている。
冷戦時代には、人々の被曝をできる限り低くすることが目的で、自然界のレベルになるべく近づけることが重要だった。今は深刻なリスクなしにどこまで高い放射線が許されるかということ。場合によっては、それは現在の1000倍ぐらい高い。被曝限度を今より高くすれば帰宅できる。避難している人々は全員帰宅すべきだ。
日本政府はICRPに従って年1~20ミリシーベルトを基準にしているが、これはバカげた低い基準だ。毎月100mSv、つまり年1200mSv、現在の1000倍が適切だ。ICRPの勧告を変えることが私の重要な仕事だ。
LNT仮説(閾値無しの直線仮説)は、<針の上で何人の天使が踊れるか>というような神学論争。医療の現場では、放射線を何回にもわけて照射している。これは閾値があることを前提にしている。医学的には1回100mSv以下の放射線による健康被害の証拠はないので、累積で100mSvの放射線にも害はないと考えられる。年1mSvというのは50年前に決まった<バカげた低水準>であり、被災者に強い心理的ストレスをもたらす有害無益なものだ。日本政府も、1mSv以上を除染するなどという愚かな政策はやめるべきだ。」
紹介者の池田という人がどういう人かは知らないが、アリソン教授は経歴・業績を調べてもイカサマ師とは思えない。といって私自身はアリソン教授の意見を鵜呑みにするつもりはない。しかしこれまで年間1ミリシーベルトでも安心できぬ、限りなくゼロまで持っていかなければならぬ、という大合唱の中で、ちょうどボクシングで言えば完膚なきまで一方的に殴られ続けてきた被災者の一人としては、彼の意見は干天の慈雨といえば大げさだが、少なくともリングコーナでの一口の水ほどの効果はある。
これまで何度も言ってきたように、原発事故をめぐっては、実際どれだけの被害が出るかについての確実なデータもなしに、やたらその怖ろしさだけが喧伝され、鈍感な私でも「トウキョウデンリョク・フクシマダイイチゲンパツ」という言葉が、まるで呪文のように耳にこびりついて離れない。私より敏感な感性を持っている人は、その言葉を毎日のように繰り返し聞かされることによって、どれだけのストレスになっているか、容易に想像できる。
しかしこうした被害は、いわゆる風評とかブラックメールのように責任の所在が分からないからタチが悪い。いやいわゆる専門家や事情通から発信されたものだと分かった場合であっても、それは決して悪意のものではなく、あなた方のためを思っての善意の提言であり勧告ですよ、と言われれば返す言葉もない。
だがアリソン教授の指摘を俟つまでもなく、すでに私たちは(親子が、夫婦が、家族が、そして地域社会が)散々痛めつけられており、ここから抜け出すには、アリソン教授のような見解も紹介されたり、検討されたりする必要はある。もちろんこれまでだって、御用学者や胡散臭い事情通が過度の放射能脅威説への反論を展開してきたことを知ってはいたが、とても信用する気にはなれないで来た。しかし今回のアリソン教授の勧告はかなりまともなものではないかと思っている。
要するに私としては、これまでの極端な脅威説を真に受けるつもりがなかったように、アリソン教授の見解にも全幅の信頼を寄せているわけではない。しかしヒートアップした、そしていまやそれ一色の脅威説蔓延の現況にあっては、アリソン教授の真摯な勧告は一服の中和剤ほどの意味はある、と思っている。少なくともこのところもやもやしていた私の気分に元気を与えてくれたことは間違いない。
乱暴に言い切ってしまえば、これで五分五分、あとは運を天に任せて、自分の選んだ道をこれまでよりも力強く進んでいこう、と思っているわけだ。いま一瞬パスカルの「賭け」の論理のことが頭を過(よ)ぎったが、話がややこしくなるので今はこの辺で止めておく。
ひさびさにコメントさしあげます。
アリソン教授の言説は、たしかに100%寄りかかるわけにはいかなくても、脅威説とバランスを取ってくれるよき情報ですね。わたしもちょっと元気が出ました。
日々モノディアロゴスを購読しながらも、メディアから流れてくる情報からたいしたことない不安にとらわれがちでしたが、最近であった何冊かの本や今回の文章を読み、また改めて、自分の信じる道を自信を持ってつらぬくほうが精神衛生上もずっとよいし、結果もあんがいついてくるもののようだ、と感じております。ふりまわされず、恐れすぎず、日常をていねいに生きることに集中したいと思います。